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第3話
答えの出ない自問自答を繰り返し、大輔は苦々しい思いで眉をひそめる。無言の田辺が、背中にぴったりと寄り添ってきた。男の体温は高く、女のように柔らかな肉がない。
驚きもしない大輔は、黙って煙草をふかした。
この男は、意外とさびしがりだ。
大輔はそう思っている。
約束事のように『嫁と別れろ』と既婚者の大輔に詰め寄り、隙があればキスをしてくるのも、岩下からあてがわれる女たちに辟易している反動だろう。
ストレス発散の慰み者にされていると自覚する大輔は、同時に、こんなことでしか癒されないヤクザをかわいそうに思う。男を犯すことでしか晴らせない鬱憤なんて、自分には想像もできないからだ。
「相変わらず、煙草くせぇし」
自身も喫煙者の田辺に文句をつけられる。インテリヤクザの優雅さとは違い、喫煙ルームで燻される大輔はこってりと煙草臭い。
「嫌なら、離れろよ」
「いつ、風呂に入った? 俺と会うときぐらい、シャワー浴びてきてよ」
「はぁ? 知るか。……あれじゃないのか?」
田辺の腕の中で身体をよじらせる。向き直って、伊達眼鏡の奥を覗き込んだ。大輔は、意地悪く片頬を歪めた。
「体臭たっぷりの方が、興奮するんだろ」
「ははん……」
にやりといやらしく笑った田辺の片手が、大輔のベルトをはずしにかかる。
「俺はいいよ? 洗ってなくても、即シャクできるけど……」
手をぐっと下着の中に突っ込まれ、大輔は思わず腰を引く。田辺の指がモノをかすめた。
「バッ……、おまっ……」
そんなこと、大輔は絶対に嫌だった。今日一日ぐらいならまだしも、実はもう三日もシャワーを浴びていない。
乙女心が微塵もないおっさんでも、さすがに気が引ける。
「触んな。マジで……! 三日、入ってねぇから」
「いいけど?」
じりじりと身を寄せられ、煙草が指から引き抜かれる。大輔は身を翻した。
「ま、まだ八時だぞ。宵の口から、おまえ……」
慌ててバスルームへ逃げる。ドアを閉めようとしたが、寸前でがつっと手が差し込まれた。
「……田辺っ!」
「三宅さん。待ってたんだからさぁ、一緒に入ろ。洗ってやるよ。隅から、隅まで……。どこを舐められても、嫌じゃないぐらいに、さぁ……」
「エロい顔すんなっ」
抵抗すれば余計にこじれることは、すでに経験済みだ。
ドアから手を離し、大輔はさっさと服を脱ぐ。ユニットバスの床へ、ぽいぽい落とすと、シャワーがかかるのを心配しているのだろう田辺が、
「……ってか、下に置くなよ!」
いちいち拾い上げながら叫ぶ。
「向こう、置いといてぇー」
軽薄に言い返した大輔は最後の一枚も脱いだ。見られることはなんでもない。だから、そのまま隠しもせずにバスタブの中に入る。カーテンを引いて、シャワーを出した。
冷えた身体に熱い雫が当たって、肌がぞわぞわと震えながら弛緩する。
「コート、着てこなかったのか」
髪を洗っていると、カーテンの端がめくれ、全裸の田辺が入ってくる。
「狭いだろ」
大輔は邪険にしたが、
「いまさら言うなよ」
笑った田辺は気にも止めない。それどころか、遠慮なく背後から腰を掴んでくる。尻の割れ目に、硬いものをこすりつけられ、大輔は喚きながら逃げた。
「信じられねぇ!」
「こんなに早く会えると思ってなかったからさぁ。今夜はどうしてやろうかと、そればっかり考えてた。ほんと、勃起をやり過ごすのに苦労したんだよ」
「知るか。変態。離せ」
髪についたシャンプーを洗い流しながら、大輔は身をよじらせた。
「ヤりに来たんだろ?」
田辺が言う。
「おまえに、聞きたいことが……」
「だからぁ、情報が欲しくて、来たんだろ?」
大輔のための言い訳をきっちり並べてくる田辺は、泡を流し終わるのを律儀に待っていた。洗い終わった髪を掻き上げると、背中に手が回る。田辺の腰が近づき、フル勃起した先端が大輔の肌を押す。
「……おまえ、先っぽが濡れてんだけど」
つぶやいた大輔がそっぽを向くと、田辺はひそやかな笑みをこぼした。
「シャワーのせいだろ」
そうは思えない。でも、すぐに流しっぱなしのシャワーと判別がつかなくなる。
「身体、洗っていいですかぁ?」
ふざけた口調で顔を覗き込んできた田辺のくちびるが、大輔の頬をかすめた。至近距離に近づくと、かすかな煙草の匂いを感じる。大輔の鼻は、覚えのある香水を嗅ぎ分けた。
爽やかな香りだ。ユニセックスで、田辺によく似合う。
何気ない触れ合いだったが、大輔の心臓はどきっと跳ねた。萎えていた腰が、ひくりと反応してしまう。
田辺は指摘してこなかった。大輔の身体を洗うためにボディソープを泡立て、首にこすりつけてくる。向かい合った大輔は天井を仰いだ。
「先週、寝ぼけて、コーヒーぶちまけたんだ」
「あぁ、コート? まだ寒いんだから……。さっさと買えよ。まぁ、風邪ひいたときぐらい、優しくしてくれるんだろうな」
泡だらけの手が、背中を下りていく。腰から前へ回る。腹を上がって、円を描くように胸筋をなぞられた。
指が乳首をかすめ、大輔は眉をひそめる。
小さく笑った田辺のくちびるが、大輔のくちびるの端に押し当たった。
「してもらうの?」
「な、にが……」
「だからさ、身体が弱ったら、嫁に面倒見てもらうのかって」
「風邪なんかひかねぇよ。この五年、寝込んだことなんかない」
「俺に連絡してよ」
「は?」
傾げた首の後ろを支えられ、くちびるが重なった。田辺の指がゆっくりと、乳暈に沿った円を描く。
「んっ……、ふ」
気のない素振りをしようとしても無理だった。期待感が募り、指先で弾かれた瞬間、わずかにのけぞってしまう。
ちゅくっと唾液の音をさせて、舌が絡む。落ち着きのある田辺のキスに誘われ、大輔はおずおずとくちびるを開いた。
「はっ……んっ……」
「俺なら真綿で包むみたいに看病してやるよ。泣きたいぐらい、甘やかしてやる」
「……んっ、なに……言って……んぅ」
やわやわと乳首を撫でられ、身体の力が抜けそうになった。思わず田辺の腰を両手で掴んだのは、一番手近かにあったからだ。泡のついた手では滑りそうで、壁にもすがれない。
「真綿で首を絞められたら、困る……」
「それも気持ちいいかもしれないだろ?」
そう言った田辺の指が、大輔の昂ぶりをぬるぬると掴んだ。指の輪でくぼみを握られる。
「そっちの、首じゃ、ねぇし……」
カリ首を刺激された大輔は、くすぐったいような快感に思わず笑ってしまった。真綿と同じぐらい頼りない感触がじれったくて、たまらずに目を閉じる。
突き出してしまいそうなくちびるを引き結び、自分から田辺の腰を引き寄せる。
「あいつの話はいい……」
「……不倫が楽しくなくなるから?」
わざと責めてくる田辺を無視して、泡だらけの手で相手の襟足を掴んだ。
「こんなの、不倫のうちにも入らないって言ってんだろ。男同士なんて、高校生のマス掻きだっつーの」
がっつりとくちびるを重ね、乱暴に舌をねじ込んだ。互いの腰が触れ合い、大輔を受け止める田辺の手に背中を抱かれる。
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