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第5話

「ふっ……ぅ、も……いいだろ……」  田辺の身体を押し返し、腰の下から這い出る。  一ヶ月ぶりのセックスは、スパンとしては申し分なかった。デカいナニを突っ込まれる場所も、まだぎりぎり相手を許容できるし、耐えきれないほど恥ずかしい慣らしをされなくても済む。 「あぁ……ッ。腰が痛い……ッ」  これみよがしに叫ぶと、ベッドから下りようとしていた田辺が振り向く。 「どこが? 骨? 穴の中なら、舐めてやろうか」 「ふざけんなっ」  指を這わせようとしているのに気づき、大輔は腰をひねって逃げた。 「バックで体重かけてくるからだよ。いつか、腰がおかしくなる」 「それはさぁ、あんたが悪いんだ。三宅さん。感じてるときは、上半身に力が入らなくなるもんな」 「俺のせいじゃない。おまえが、自分勝手に腰を持ち上げるから」 「けど、好きだろ。後ろからガンガンに責められるの」 「誰がだ、バカやろう」  田辺を睨みつけてから、枕に突っ伏した。 「おまえだって、顔なんか見たくもねぇだろ」  くぐもった声で言う。ミニバーの冷蔵庫を開ける音が聞こえた。 「どうして? 好きだよ。あんたの気持ちよくなっちゃってる顔見るの。ビールは?」 「飲む」  プルトップが押し上がったビールを差し出され、大輔は身体を起こした。大輔にビールを運んだ田辺は全裸だ。自分の分のビールは持っていない。 「シャワー浴びてくる。洗ってやろうか」 「ほっといてくれ。絶賛、賢者タイムだ」  ぶすっとした顔でそっぽを向くと、田辺はおかしそうな笑いをこぼして、テレビのリモコンを投げてきた。 「つれないね」  などと言いながらバスルームに消えていく。耳で気配を追いかけた大輔は、ビールを喉へ流し込んだ。リモコンを引き寄せて、テレビをつける。  チャンネルをザッピングしたが、めぼしい番組はない。プロ野球もシーズンオフだ。正月ムードの残るバラエティ番組にも興味が湧かなかった。とりあえずニュースを流しながら、椅子の背にかかっている備え付けの寝間着を見つけて引き寄せる。  袖を通そうとしたが、汗を流してからの方がいいと気づいてやめた。ビールを飲みながら、事後のけだるさに放心する。  そして、何気なく視線を向けたテーブルの上に、田辺の携帯電話を見つけた。プライベート用のものだ。  キリッと走る胃痛から逃れるために手を伸ばし、座ったままで引き寄せる。  そっとボタンを押して、画面をスワイプした。ロックを開く暗証番号は知っている。ふざけ半分に打ち込んだ自分の誕生日で開いたときは、心底からがっくりきた。田辺は悪ふざけがすぎる。本物の性悪だ。  迷わずに写真のフォルダを開く。どうでもいいような風景写真の中に、いつもの顔が紛れていた。女装の似合う、繊細な顔立ちの男だ。  新しいものはないが、古いものも消されていない。  田辺が言うには単なる美人局の引っかけ役らしいが、そんなことはもっともらしい言い訳だろう。別に、このきれいな顔の男とセックスしていたって、大輔はかまわない。  お互いの心にそれぞれ別の誰かがいるのなら、この関係もまだマシだ。  ビールを喉へ流し込み、大輔は深いため息をついた。  写真の男は、化粧をすれば女に見えるほどだが、素顔のときはダサい眼鏡をかけている。そして、服装の趣味がとんでもなく悪い。誰かが用意したチンピラ用の衣装だとしても、冗談のような模様と色彩感覚だ。レトロとも違う、ちょっとやそっとの感覚では選びようがない代物だった。  写真の中の男は、背景が変わっても同じ服を着ている。ワードローブがそれしかないのだ。  だからこそ、女装や美人局用の格好との差が引き立つ。飾り気のない白シャツを羽織っただけでも絵になるほどで、独特の色気がある。なのに、どこか清らかにも見えた。  侵しがたい雰囲気に気圧されて、田辺でさえ手を出せていないのなら、自分がケツを貸している理由になると思う。納得できる『答え』だ。情報を得るためだけに掘られるよりはよっぽど人間臭い理由だと思える。 「……また、勝手に見て」  いつ出てきていたのか。田辺の声は低く呆れていた。 「おまえなら、これぐらいの相手、口説き落とせるだろ」  振り向いて言うと、田辺が画面を消した。 「あんた一人、口説けないのに、こいつが落とせるわけないだろ。っていうかさぁ。そういうんじゃない」  いつもの言葉を繰り返され、大輔は苦笑してしまう。 「別に、俺に気を使わなくてもいい」 「……あんたが、俺のモノになるなら、こんな写真、全部消すよ」 「おまえのズリネタなんだろ」  顔を覗き込むと、田辺の視線が逃げる。  大輔の場合は水着のグラビアアイドルがマスターベーションの相手だ。顔より身体を見るが、田辺の場合は顔で選ぶのだろう。  相手が男だとわかっていても使うのなら、よほど好みの顔だ。 「ホモでもないのに、男ばっかり追いかけて……。業が深いな」  女は仕事で嫌というほど抱けるからだろうか。  田辺の兄貴分である岩下は、酒の席の余興で自分の舎弟に女を抱かせるような、見た目からは想像つかない、ゲスい部分を持っている。セックスにうんざりしていることは想像できるが、それで男に走るとは思えない。  女は星の数ほどいる。性悪や淫乱ばかりじゃないはずだ。  大輔だって、この数年、一度も女と浮気しなかったわけじゃない。半年と続かなかったが、セックスの相手がいたこともある。 「嫉妬、してよ」  田辺の手に缶ビールを奪われた。一口飲んで、テーブルに置く。それを取り戻そうとすると、手首を掴まれた。 「っていうかさ。そろそろ、本気で口説きに入らせてよ」 「ふざけんな」  頬をそっと撫でられ、身をよじって逃げた。 「シャワー浴びてくる。おまえ、もう帰っていい」 「……聞きたいこと、あったんじゃないの?」  背中に声がかかり、びくっと動きを止める。苦々しく顔を歪め、大輔は髪を掻きむしった。 「待ってろ」  言い残してバスルームに入り、熱いシャワーを頭のてっぺんから浴びる。胸の奥がむしゃくしゃして、たまらなかった。  会うたびに、写真が増えていないか、確かめてしまう。田辺も知っていて、手の届く場所に携帯電話を置く。  写真はたまに増えていた。それを『当てつけだ』と思うことさえ、大輔の心に傷を作った。嫉妬を煽られているなんて、うぬぼれもいいところだ。  食うか、食われるか。従うか、従えるか。  その程度のドライさだ。そうでなければ、おかしい。  嫁と別れてくれとか、自分だけのものになってくれとか。  そんなこと、本気で言っているはずがない。田辺の口車に乗せられ、甘い口説き文句を信じたら負けだ。  わかっているのに、なのに、言葉は大輔の心に深く入り込む。田辺の携帯電話を見るたびに、美形の男とセックスしていない確信を探している。

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