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足元が崩れる
「まあ、そうっすね。オレ、好きな人がいるんすよ」
好きな人がいる。好きな人、が。好きな人。
耳に届いたアイツの言葉がぐるぐるする。
誰に好きな人がいるって? オレに。
オレって、誰だ? 自分を指す言葉。この場合、話していたのは幼馴染だから、幼馴染に。
頭が上手く働かなくて、学校の廊下に立っていたはずなのに、足元が崩れ落ちたような気がした。
この学校、こんなに酸素が薄かっただろうか。違う、酸素が濃すぎる気もする。濃度が高すぎる酸素は人体に有害だった筈。でも、酸素が薄いにしても、濃すぎるにしても、オレには変わらない。だって上手く息が出来ないんだから。
心臓がうるさかった。血液が冷えている気がする。沸騰している気もする。くらくらと、眩暈がした。
はく。小さく口を開いた。まるで金魚みたいに口を小さくぱくぱくさせる。新鮮な空気を求めて。古くなった空気を吐き出そうとして。
でも、効果があったのかは、分からない。眩暈は治まらないし、吐き気さえしてきたから、効果なんてねぇかも。
「……まあ、当たり前、かな」
苦しさに耐えながら呟いた。我ながら情けなく震えている。
そりゃあ確かに幼馴染は、色恋沙汰に興味が無さそうなヤツだけど、誰かのことを好きになっていたって不思議はないだろう。アイツだって人間なんだから、なにかを切っ掛けに誰かを好きになったって、おかしくない。……きっとオレは、アイツが誰かを好きになることはない、いつまでも幼馴染でいられるって、どこかでうぬぼれていた。
でも、アイツだって1人の人間だ。いくら冷めているように見えても、他のクラスメイトと同じように、女子の些細な動作で胸が高鳴ることだってあるのだろう。そんな簡単なことを、オレは失念していたのだ。もしかしたら、見ないようにしていただけかも。
……幼馴染が恋情を寄せたのなら、実る確率は高いだろう。なんせ、容姿が凄まじく整っている。この男に想いを寄せられて、不快な気分になる女子は少ないと思う。
今までどこか恋愛には冷めた雰囲気だったイケメン、なんてオプションが付けば、想われている側も思わず意識するのが自然の流れというヤツで。
そうなれば、どうなるか。
簡単だ。いまいち働かない頭でも、すぐに分かってしまう。
恋人ができれば、わざわざ同性の幼馴染と一緒に過ごそうなんて思わないだろう。登下校。休日のなにげない時間。休み時間。寝る前の些細な会話。それらが全部、オレのものじゃなくなるだけ。オレの場所じゃなくなるだけ。
口の中は乾ききっていて、唾なんてほとんど出ていないけれど、オレは必死でそんな少ない唾を飲み込もうとした。
そうすれば、ヒリヒリと焼かれたように痛む喉が、少しは落ち着く気がして。
「あれ? 日直終わってたんすねー」
聞こえてきた、普段と変わらないアイツの声が、今のオレには痛かった。
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