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頭、撫でさせて

ローテンションな美形×ローテンションな平凡 ―――――――――― くしゅんっ。 これで何回目だろうか。 さすがに数えてないけど、意識が背後にばかり行ってしまう。 くしゅっ、くしゅんっ。ズズっ。 頻繁に鼻をすする音も聞こえてくる。あと鼻をかむ音も。 辛そうだなとは思う。けど、俺にはまだ無縁の事で本当の辛さはわからない。 「荻原(おぎわら)辛そうだなー。今年花粉の飛散量多いらしいからな、頑張れよ」 「……ぁい、がんばります」 背後から辛そうな鼻声が聞こえて来て、クスリとした笑いが教室に広がる。それを本人は何事もないようにいつものシレッとした顔で流しているんだろう。 荻原秀秋(ひであき)。 今年のクラスメイトで俺の後ろの席。大衆に埋もれそうなありふれた顔立ちだが、大きめな黒縁メガネが目を引く。表情はあまり変わらない。テンションはいつも低い。声も低め。身長は170超えてる。平均体重よりは軽そう。友好関係はそんなに広くない。休み時間はいつもスマホいじってる。 そして、重度の花粉症。 それが現在俺の知る荻原秀秋という男の全てだ。 ――――――――――星夜(せいや)、花粉症が軽くなる食べ物とかって知ってる?」 リビングのソファーに寝そべって、テレビを独占している兄に聞いてみた。別に荻原の為じゃない。授業に身が入らないのは困るからだ。うん、それだけだ。 「花粉症?ヨーグルトじゃなかったっけ?てか、星吾(せいご)花粉症だっけ?」 「違う」 「だよな、全然平気そうだし。なんでその質問?」 何に興味を持ったのか、星夜は身を起こすと俺に隣に座るよう促してきた。隅っこで丸まって寝てた愛犬のガブを抱き上げて、面倒くさいという感情を全面に出してソファーに座る。 「近くに花粉症がひどい奴がいるから」 「ふーん。友達?」 「違う」 「違うのかよ。男?女?」 「クラスメイトだけど、まだそんな話したことないから友達じゃない。男」 「ほうほう。じゃあ、友達になる気はあるんだ?」 「……」 正直わからなかった。そもそも何を基準に友達と呼ぶのかがわからない。挨拶をする程度でも友達と呼んでいいんだろうか?他愛のない話が出来るのが友達なんだろうか? 俺は、荻原と友達になりたいんだろうか。 抱き上げても全然起きないガブを撫でながら考えてみるが、思案の迷宮に嵌ってしまった。 「わかんない」 「わかんねえのかーい。しゃべってみたいとは思わねえの?」 「……くしゃみが気になる」 「なに、その独特な興味の持ち方。星吾らしいっちゃらしいけどさー」 星夜はソファーの背に頭を預けて天井を仰ぎ見た。 しゃべってみたいかと聞かれても、話したいことなんてない。荻原と友人との会話を聞いてても興味のある話題はないし、荻原のテンションも俺の知るものと変わらないからしゃべってみたいという気も起きなかった。 「でも他人に無頓着だったお前が興味持つなんて珍しいなー。でも、くしゃみって…。もしかして豪快すぎて興味持ったとか?」 「逆。小型犬みたいなくしゃみ」 「男で小型犬みたいなくしゃみって…。豪快なの連発よりいいけど、確かにそれは気になるな」 「鼻真っ赤だし、目も赤くてうるうるで泣いてるみたい」 「まあ、花粉症ならそうなるわな。かわいそうだけど」 言いながら荻原の顔を思い浮かべる。マスクとメガネでほとんど顔は見えないけど、涙で濡れた睫毛が束になっててマスカラしてるみたいに見える。真っ黒な瞳もキラキラしてずっと見てても飽きない。思えばガブの瞳に似てるかも。白いマロ眉を撫でながら、安心しきったように眠るガブに笑みがこぼれた。 でもなんか、 「もっと泣いてほしいような、泣いてほしくないような変な気分にもなる」 「へえ…………、え?」 「もういい?寝る」 ガブを起こさないように星夜の腕の中へ託し、心の中でおやすみと言って頭を撫でる。 「え?ちょっと待って星吾くん。それってどういう、」 「おやすみ」 「いやいや星吾くん!?」 戻っておいでー!と喚いてる兄は無視してさっさと自分の部屋へ行く。明日は少し早起きしてコンビニで荻原のヨーグルトを買わないといけないんだ、俺は。 部屋の明かりを消して、布団に潜り込んで目を閉じる。すぐに睡魔がやってきて眠りに落ちる。 ――はず、なのに。 「……なんか、眠れない」 ―――――――――― 「…上野(うえの)、これ何?」 「飲むヨーグルト。花粉症軽くなるらしい」 「あ、そうなんだ。くれるの?」 「うん」 「ありがとう」 朝、すでに来ていた荻原の机へとコンビニの袋を置いた。いつものようにスマホを見ていた荻原は、袋と俺とを視線を往復させたあと少し首を傾げて聞いてきた。その時に見上げてきた荻原の瞳は、やっぱり濡れてキラキラしていた。 再びスマホをいじりだした荻原の瞳を席に座ってジッと見ていれば、居心地悪そうにこちらを見てきた。それはいつもの事で、すぐに視線がスマホに戻るだろうと思いきや、 「……なに?今飲めってこと?」 今日は話し掛けられた。少しびっくりしつつも、首を横に振る。 「別に、荻原の好きな時でいい」 「そう、よかった。朝ごはんでお腹一杯だから、今飲めって言われたらどうしようかと思った」 それだけ言うとまたスマホに視線が戻る。 「…ねえ、いつもスマホで何見てんの?」 なんだかまた正面から荻原の瞳が見たくて、つい声をかけていた。 「……ん」 そう言って見せられたのは、黒と白の豆柴が変な格好で寝てる写真。 なんか、うちの犬に似てるような……。 「ガブくん。俺の癒し」 え、名前も一緒なんだけど。 「……それ上げてるのって、誰?」 「社畜のセイヤって人」 ああ、兄だ。ということは、 「それ、うちの犬」 「…………えっ」 あ。目おっきくなった。マスクで見えないけど、口もぽかんと開いてそう。てか、荻原テンション上がってる?心なしか目がキラキラしてるような…。 「ガブに会いたいなら、うち来る?」 「えっ、いいの?ガブくんの迷惑じゃない?」 ……ん?ガブに迷惑? 「それはわかんないけど、基本的に人懐っこいから迷惑じゃないんじゃない?」 「えっ、じゃあ行きたい。ガブくんに会いたい。今日行ってもいいの?」 「いいよ」 「やった。仲良くなりたいからお土産持って行かなきゃ。ガブくんの好きなおやつって何?」 「にぼし」 「えっ、犬だよね?」 まあいいか、と目をキラキラさせたままスマホの画面へと視線を戻した荻原。ふいにその瞳が細められて、微笑んだのがわかった。マスクの下でどんな風に笑ってるのか気になって、鼻の部分を引っ張ってマスクをずらす。 「わっ!ちょっ、…くしゅんっ」 「あ、ごめん」 「ごめんじゃっ、くしゅっ、くしゅんっ」 「ガブに会わせるから許して」 「くしゅんっ……ズズッ、仕方ない。許す」 結局荻原の笑ってる顔は見れなくて、自分でも引くくらいガッカリした。 ―――――――――― 学校が終わり、荻原と一緒に教室を出る。 今日は荻原と休み時間も体育の授業も一緒にいていっぱいしゃべった。荻原からの話題はガブについての事ばっかりだったけど、俺もガブが好きだから全然苦じゃなかった。むしろ楽しかった……気がする。うん。荻原としゃべるのは、楽しい。 「ペットショップってどこの行ってるの?」 「駅前のおじいちゃんシュナウザーがいるとこ」 「あっ、セバスチャンがいるとこだ。やった、久しぶりに会える」 「あのおじいちゃんシュナウザー、セバスチャンっていうんだ。知らなかった」 「ううん、勝手に呼んでるだけ」 「なにそれ。名前聞きなよ」 「せっ、星吾くん!」 下駄箱で靴に履き替えていれば、急に腕を掴まれて声を掛けられる。せっかく荻原と楽しくしゃべってるのに邪魔されてムッとなる。 「なに」 てか、誰このケバい女。 視線を鋭くさせて腕に引っ付いてる女を見下ろす。この女の後ろにも3人くらい女がいて、みんなケバくて同じ顔にしか見えない。 「こっ、これからみんなでカラオケ行くんだけど、星吾くんもよかったら来ない!?あ、荻原くんも一緒に来てもいいし!」 「は?」 なに、その荻原はついでみたいな言い方。 「せっかく同じクラスになったんだし、仲良くしたいなあ、なんて…」 見上げてくるその粘っこい視線が気持ち悪い。周りの女も同じような視線を向けて来ててゲロが出そうだ。なんで女はいつもこういう目をするんだろうか。 掴まれてる腕から手を引きはがす。前に同じ様なことがあって思い切り振り払ったら、相手がコケて泣いて面倒な事になったから今回は穏便に済まさないと。 「行かない。仲良くしない」 「……え?」 「ケバい女嫌い。いきなり触られるの嫌い。勝手に下の名前で呼ばれるの嫌い」 じゃ、と棒立ちだった荻原くんの腕を掴んでさっさとその場をあとにする。数拍後に何やらキレてるような声が聞こえた気がするけど、穏便に済ませたから気のせいだろう。 「上野、もう少しオブラートに包んで言った方がいいと思う」 荻原の言葉に不貞腐れながら後ろを振り返る。荻原は俺に腕を引かれても嫌な顔しないでついて来ていた。 「…ああいう女は包んで言ったら通じないから、ちゃんと誠意を込めて本当の事を言った方がいいって星夜が言ってた」 「さっきのじゃ誠意感じられないよ」 「だって込めてないし。でも、穏便に済ませた」 少し得意気になって言えば、おっっきなため息を吐かれた。 「全然、穏便じゃなかったよ。むしろガソリン撒いて火炎瓶投げ込んでたよ」 「……それは、よく燃えるね」 「うん。イケメンって大変だね」 「別にイケメンじゃない」 「え、その顔で言う?ちゃんと鏡見てる?」 「毎朝毎晩見てる。荻原と一緒。よくある顔」 「……遠回しのようで直接貶してるよね」 貶してる気持ちはこれっぽっちもなくて首を傾げる。 俺からすれば欧米人はみんな一緒に見えるように、逆もそう見えてるはずだ。なら荻原の顔と俺の顔も一緒なはず。 ああ、でも、 「俺、荻原のうるうるしてる目、好き」 「…………えっ」 あ。また目おっきくなった。口もぽかんって開けてるのかな。そういえばガブもびっくりすると口ぽかんってなるな。え、なんか荻原ガブっぽい。 「っ!?」 気付けば荻原の頭を撫でていた。 ガブを撫でるみたいに優しく、愛情を籠めて。 大人しく撫でさせてくれる荻原に、ついつい顔が綻ぶ。 「……かわい」 「…っ!………タラシだ」 サッと視線を下げてマスクを上げ直した荻原が何事かを呟いたけど、くぐもって全然聞こえなかった。ちらりと髪の隙間から覗いた耳のふちが赤くなってるように見えたのは気のせいか。 「なに?」 「なんでもない。さっさとガブくんのおやつ買いに行こ」 今度は荻原に腕を引っ張られながら歩く。 なんだろ、荻原にはいきなり触られても全然嫌じゃない。むしろ、嬉しい。 「テンション上がる」 「なんで」 「わかんない」 「なんだそれ。確実、今は俺の方がテンション上がってる」 「ガブに会えるから?」 「それもある」 「…も?あとは?」 「……わかんない」 「ははっ、なんだそれ」 自然と、笑ってた。久しぶりに自分の笑い声を聞いた気がする。 それも荻原のおかげだと思うと、心が陽だまりに包まれたみたいに温かくなった。 荻原秀秋。 今年のクラスメイトで俺の後ろの席。大衆に埋もれそうなありふれた顔立ちだが、大きめな黒縁メガネが目を引く。表情はあまり変わらない。テンションはいつも低い。声も低め。身長は170超えてる。平均体重よりは軽そう。友好関係はそんなに広くない。休み時間はいつもスマホいじってる。 そして、重度の花粉症。 ――追加情報。 大のガブファン。ガブの話題だとテンション上がる。伝えたいことはハッキリ言ってくる。表情は意外と変わる。 あと、ごめんガブ。 「荻原」 「なに」 「頭、撫でさせて」 「…………えっ」 俺は荻原の頭を撫でる方が好きみたいだ。 __End__

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