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ファーストキス、ごちそうさまでした

元義兄な美形×純粋わんこな平凡 ―――――――――― パタン―――カチャリ。 「あ」 オートロックで閉まったドアを見つめ、ため息をつく。 またやっちゃった……もう、オートロックやだ。 肩を落としながら、ここの家主にメッセージを送る。 『千爽(ちあき)さんすみません、またやらかしました…(´;ω;`)』 もう一度ため息をついてからエレベーターホールへ向かう。 実家に居た時はいつも誰かしらいるから家の鍵を持って出かけるなんて習慣がなかった。だからここに越して来て以来、玄関脇に鍵が置いてあるにも関わらずすっかり忘れて家を出てしまう事がしばしば。で、カチャリ。あ。の繰り返し。 大学進学と同時にここに居候させてもらってるけど、千爽さんにやらかしました連絡を送るのもこれで何度目かわからない。仏の千爽さんでも、またか、と内心思ってるに違いない。もう越してきて1年経つのにバカすぎる…。 そんな自分に深いため息がもれる。 リュックを背負い直してエレベーターが来るのを待っていれば、仕事中のはずなのに千爽さんから返信が届いた。 『気にしないで。今日は早めに上がれそうだから、一緒にごはん食べて帰ろう(^_^)何か食べたいのある?』 そんな優しいメッセージをくれる千爽さんに、一気に気分が上がって顔がニヤける。 千爽さんとごはん、楽しみすぎる。で、帰る家も一緒。 「……はあ~、幸せ」 ピザが食べたいです!、と返しながらつくづく思う。 千爽さん、大好き! ―――――――――― 千爽さんの勤める大手飲料メーカーの自社ビル前で、待てと言われた犬みたいにジッとスーツを着た人たちが出入りする入口を見つめて待っていれば、周りとはオーラが全っ然、後光が差しているかのように格段に違う千爽さんが出てきた。 ネイビーの細身のスーツに同じくネイビーのペイズリー柄ネクタイ。腕時計を見ながら出てくるその姿は明らかに出来る男だ。というか外で見る千爽さんのスーツ姿は格別にカッコイイ。周りで千爽さんに熱視線を送る人たちに自慢したい。あの人、俺と一緒に住んでるんです!って! 「千爽さん!」 テンションが上がって少し大きな声で呼んでしまったせいか周りの視線を頂戴してしまったけど、今の俺には千爽さんしか目に入らない。軽やかなステップを踏むみたいに千爽さんに駆け寄れば、ふわりと微笑まれた。その笑顔が綺麗すぎてズキュンと胸を撃ち抜かれる。 「(まこと)くん、待たせてごめんね」 「いえいえっ、全然待ってないです!お仕事お疲れさまでした!鞄持ちましょうか?」 「いや、大丈夫だよ。ありがとう」 ぽふぽふと頭を撫でられる。大きな優しい手つきで撫でられてキュッと口角が上がる。もし尻尾が生えてたらはち切れんばかりにブンブン振ってるんじゃなかろうか。 「ごはんだけど、僕の好きなイタリアンのお店でもいいかな?」 「全然いいです!俺、千爽さんと一緒ならどこでも楽しいんで!」 目を爛々と輝かせて千爽さんを見上げれば、後光の輝きが更に増した気がして眩しさに目を細める。 と、そんな俺の至福のひとときを邪魔する不届き者が音もなくやって来た。 「ちーあーき」 げっ、この声は…! 「わっ、と」 ひょこっといきなり現れて千爽さんを後ろから抱きしめたのは、彫りの深いムカつくほどに整った顔立ちをした男。 「郡司(ぐんじ)さんっ!」 「あれ、チビもいたんだ。チビ過ぎて見えなかったわー。ってよりチビが普通すぎるから気付かなくて当然か」 馬鹿にしたように笑った郡司さんは千爽さんの亜麻色の髪に口付けて勝ち誇った顔をする。そんな挑発に簡単に乗ってしまう俺は、顔を真っ赤にさせて思い切り郡司さんを睨み付けた。 「チビじゃねえですし、普通なのが俺の長所です!そっちが巨人すぎて見えてねえだけです!」 「あっそ。じゃあ、俺がチビっつっても問題ねえよな?」 「ぐぅ…っ」 言い返せない。190cm近い身長の郡司さんから見れば、173cmの俺もチビになる。くそう、牛乳もっと飲んどけばよかった! 「……郡司、真くんのことイジメないでくれる?」 怒りと悔しさから体をぷるぷる震わせていると、郡司さんの腕を解いた千爽さんが俺の肩にそっと手を置いて郡司さんを注意してくれた。その事にジーンと感動の波が俺を襲う。ああ、千爽さん優しい。横顔もなんて美しい…。 「イジメてねえよ。有意義なコミュニケーションだって。なあ?」 「うぅ~っ、千爽さああんっ」 同意を求めてきた郡司さんの威圧感ある瞳が怖くて思わず千爽さんに抱き着く。ああ、細身に見えるのに鍛えてあるこのギャップもいい。 「ほら、イジメてる」 「………ハァ、ハイハイ。俺が悪かったです。イジメてすいませんでした」 「だって、真くん。どうする?許す?」 千爽さんを見上げてから、ちらりと郡司さんを見る。不機嫌そうなその顔からは全然反省の色が見えなくて、ムッと唇をアヒルみたいに尖らせた。 「今日の、俺と千爽さんのごはん奢ってくれたら今回の事は許します」 「え゛」 「えっ?」 「ぶっは!」 郡司さんが吹き出したのなんかより、すぐ傍から聞こえた千爽さんの声が嫌そうなもので、なにか間違えたかと不安になって千爽さんを見る。すると、千爽さんは困ったように笑って少し頭を傾けた。 「それは、郡司も一緒にごはんを食べるってことかな?」 「……あ」 そっか、奢るってことはそうなるのか。それは……絶対に、死んでも嫌だ。せっかくの千爽さんと二人での食事なのに、郡司さんが居たんじゃ美味しいごはんも美味しくない。なにより俺の幸せの邪魔をされたくない! 「郡司さん!やっぱ今のはナシで。撤回で。却下で!抹消でお願いします!」 整った顔を崩して爆笑してる郡司さんに詰め寄ると、浮かんだ涙を拭いながら俺の頭をぽんぽんと撫で、わかったという返事をくれた。 「よしっ、じゃ行きましょう千爽さん!」 「あー、待った。千爽、ちょっと」 千爽さんの手を取ってやっとごはんだ!と意気込んで言えば、肩に手を置かれて待ったを掛けられる。本当にこの人は俺の邪魔しかしないな! ムス~っとまたアヒル口をしながら、千爽さんの肩に腕を回してコソコソと話してる二人を見る。ちょっと郡司さん、千爽さんと顔近すぎやしませんかね? ご主人様をとられた犬みたいな気持ちで歯噛みしながらプイッとそっぽを向いた瞬間、 「う゛…っ」 突然郡司さんが呻き声を上げてその場に膝をついた。 俺は予想外の事にびっくりしすぎて、なに?どうしたの?通り魔にでも遭ったの!?と頭の中はパニくってるけどピシリと体が固まって動けない。不意にこっちを振り向いた千爽さんの顔には、それはそれは聖母マリアのような笑顔が浮かんでいてついつい見惚れる。 「さ、行こうか真くん」 「え?郡司さんは、」 「なんか急な腹痛に襲われたみたい。でもビルに戻ればトイレあるし、そもそも郡司のあの巨体を支えられる自信ないし。顔は無駄に良いから、その辺の女性社員がすぐに面倒見てくれるから大丈夫だよ。まあ、自業自得って事で真くんが郡司を心配する必要なんて一切ないからね」 さ、こっちだよ、と腰に手を添えられて歩みを促されてしまえばそれに従うしかない。郡司さんの事はちょっと気になるが、千爽さんが大丈夫と言うのなら大丈夫なんだろうとひとつ頷いて歩みを進めた。 ―――――――――― 千爽さんは俺の姉の元旦那だ。俺からすると元義兄になる。ちなみに今年で32歳。 綺麗で優しくて本当の兄のように慕ってた俺は、結婚3年目のある日、突然離婚すると姉から聞かされて久しぶりに大喧嘩をした。しばらくはお互いに口も利かなかった。 なにが千爽はみんなに優しくて私だけ特別じゃないのがイヤ、だよ!30歳目前の女がそんなんで離婚すんなっつーの!思い出しただけでも腹立ってくる。 結局、姉弟の間を執成してくれたのも千爽さんで、もうこの先一生頭が上がる気がない。姉は土下座した方がいいレベルだ。正式に離婚が決まって、普通だったらそれで関係も終わりなんだろうけど俺が千爽さんとさようならするのは嫌で。その後も暇さえあれば連絡をして、仕事で忙しいのに俺のわがままに付き合って一緒にごはんにも行ってくれた。もう本当に優しい。 そして大学合格のお祝いにと千爽さんがディナークルーズに連れて行ってくれた時に、大学からもそんなに離れてないしうちで一緒に住む?と小首を傾げて聞かれて迷うことなく頷いた。大学合格した事よりも嬉しかった。鼻水垂らしてめちゃくちゃ号泣したことは、記憶の彼方へ追いやってほしい。 「あー、満足ですー。美味しかったですー。幸せですー」 千爽さんおすすめのお店で美味しいごはんと幸せな時間を過ごした帰り道、満腹になったおなかと心を擦りながらほとんど散ってる桜並木を千爽さんと並んで歩く。 「ははっ、よかった。真くんが幸せなら、僕も幸せ」 「……」 照れる。そんな事をサラッとキラキラオーラ全開な笑顔で言われたら照れる。 乙女のように両手で顔を隠してキャーッと悶え、なんでこんなオールパーフェクトな人が自分の姉なんかと結婚したのかと考えてしまう。まあ、結局離婚したからあんまり蒸し返さない方がいいんだろうけど。 けど……元妻の弟とこうして一緒にいるのって、千爽さんツラくないのかな…? 俺が一方的に千爽さんとの関係が終わるのが嫌で縋ってるような部分もあるし、一緒に住むか聞いてくれたのも千爽さんの優しさ故だ。本当は迷惑に思ってるけど、千爽さんのことだから言えないってのもあるかもしれない。 …いや、ありえる。 千爽さん本音を言えずに飲み込んじゃいそうなタイプだから、ありえる! え。どうしよう。 千爽さんに迷惑がられてたらという不安と、自分の事しか考えてない愚かさと、ただただ申し訳なさで胸がいっぱいになって、せっかく食べたものが逆流しそうになる。 「……千爽さん。俺、家出た方がいいですか…?」 情けなく眉を下げて、ド直球で聞いた。 その方が千爽さんも本音が言いやすいかなと思ったけど、聞いた自分へのダメージの方が大きくてジワリと目に涙が溜まる。 千爽さんは驚いた顔をして、俺を穴が空くほど見てくる。いつの間にか足も止まってて、街灯に照らされた千爽さんの亜麻色の髪が風になびく。 ゆっくりと、澄んだマロン色の瞳が瞬いた。 「び、っくりした……真くん、そういう寿命が縮むような事は聞いちゃダメだよ?」 「えっ、ご、ごめんなさいっ」 「いいよ。なんかいろいろ考えちゃったんでしょ?僕が迷惑してるんじゃないかとか、一緒にいていいのかなとか」 「え!?なんでわかるんですか!?俺しゃべってました!?」 「しゃべってないけど、真くんなら考えそうだなと思って。…ああ、本当にびっくりした」 千爽さんは大きく息を吐くと、腕を伸ばしてそっと俺を抱きしめてきた。瞬間、俺はぬりかべのように体も思考も固まった。俺の肩口に顔を埋めて千爽さんがまた息を吐く。それがホッとしたものに聞こえて、キュッと心臓が掴まれた。だんだんと抱きしめる力が強くなり、千爽さんの吐息が首筋に当たる度に体がピクリと震える。 「真くん」 「わあっ、はい!」 千爽さんの聞き心地のいい声が未だかつてないほど耳のすぐ横で聞こえてきて、ぐわっと顔が熱くなる。 「これからずーっと、一緒にいようね」 「はいっ!」 砂糖菓子にはちみつと水あめをかけたみたいな甘ったるい声で言われて、頭も目もグルグル回ってる俺は間髪を入れずに返事をした。 「うん、いいお返事」 体を離した千爽さんは、俺の頭を撫でて褒めてくれた。飛び跳ねたくなるのを必死で抑える。 「へへっ」 これからずーっと千爽さんと一緒だなんて、幸せだなあ。 ………ん?これからずーっと、一緒……? 「う、うええっ!?俺、一緒にいていいんですかっ!?」 やっと言われた意味を理解した俺は、頭を撫でてくれてる手を握って千爽さんに詰め寄る。 「うん。いてくれないと逆に困っちゃうな」 「えっ、嬉しいです!俺も千爽さんと一緒にいたいです!」 「ははっ。あー、嬉しい……死ぬほど嬉しい。真くんに結婚はさせてあげられないけど、僕が一緒にいるからいいよね?」 「はっ…ん?」 結婚はさせてあげられないって……ん? 「俺が結婚出来なくても、千爽さんが傍にいてくれるって事ですか?」 「んー。まあ、そんな感じかな」 「千爽さんがいてくれるなら結婚出来なくても全然いいです!むしろそっちの方がいいです!」 「……よかった」 ちゅ。 …………ん? 「さ、もう遅いし帰ろうか」 千爽さんは何事もなかったかのように綺麗に微笑むと、俺の腰をグッと引き寄せて歩き出す。 え。ちょ。今。ちゅ。って。くちに。ちゅ。って。 「…千爽さん」 「なに?真くん」 「もしかして、海外経験ありますか?」 「ううん、海外には行った事ないよ」 「そうですか」 「うん」 え。じゃあ、今の、ちゅ、って……。 「あ」 ぴとり。 「真くんのファーストキス、ごちそうさまでした」 俺の唇に人差し指を当てて妖艶に微笑んだ千爽さんが今まで見た事ないほど男臭くて、くらりと目眩がした。 ――でも、そんな千爽さんもかっこよくって大好きっ! __End__

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