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痛いの痛いの、飛んでけー
痛みに強い先輩平凡×痛みに弱い後輩美形
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今日は高校の入学式。
天気もカラリと晴れ、雲一つない晴天も新入生たちを歓迎しているみたいだ。俺は明日の部活動見学の為に飾り付けの手伝いをしていた。ちなみに書道部。
「おおっと」
「なに、八代 。どうし……ぎゃーっ!!血ぃぃーっ!!」
隣で一緒に飾り付け用の桜の花弁を切っていた高橋 が叫んだ。うるさいと眉間にしわを寄せて眼鏡越しに睨みつける。
まあ、指からダラダラ血が流れてたら誰でも叫ぶか。
「ハサミで切った」
「器用だな!?さっさと保健室行ってこい!」
「ういー」
部室を出る前に部長に言いに行ったら、ムンクの叫びみたいな顔してて面白かった。
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「すいませーん」
「はーい……ぎゃーっ!!血ぃぃーっ!!」
……養護の先生がその反応っておかしくない?
「ハサミで切りました」
「君、器用だね!」
とりあえず座って!と丸椅子に促されて腰掛ける。まるっきり高橋と同じ反応なんだけど、もしかして血縁者なのかな、この先生。
ジッと少しふくよかな先生を見て高橋と似通ってるところを探すが、高橋も俺と同じで大概特徴のない顔をしているから高橋の顔がよく思い出せなかった。
―――ふわり。
ベッドの仕切りカーテンが春風に揺れ、なんとなくそっちを見た。
ら、ポロポロ泣いてる新入生の子と目が合った。
「……先生、いじめたの?」
「は!?君いきなり何言い出すの!?ちょっと今この出血止めるの必死なんだから静かにしてて!」
えー。
ギューッと俺の人差し指をガーゼで圧迫してくる先生の顔は必死そのものだ。仕方ない、と口を結んで先生の処置が終わるのを待つ。
「ふうー、出血も止まったし、深さも縫うほどではなかったし、よかったよかった」
「ありがとうございました」
「いいえー。ってか君、全然痛がんないね!」
「俺、痛みに強いんで」
「あら、君は立派な男の子だねー!ちょっと小鈴 くん、君も負けてらんないよ!」
先生は立ち上がると、シャッとベッドのカーテンを小鈴くん?の許可なしに開け放つ。
「絆創膏も貼ったし、もう大丈夫だから!そんなにメソメソ泣かないの!この神経が図太い先輩を見倣いなさい!」
神経が図太い……。
多少ショックを受けて肩を落としていれば、か細い高めの声が聞こえてきた。
「……だって、血出たし。ピリピリするし。水に触れたら痛いの知ってるし」
「水に濡れたってピリッてするくらいでしょ!?小鈴くんよりこの心臓に毛が生えてる先輩の方が痛いんだからね!」
心臓に毛……。
この先生、俺に当たり強くないか?と更に肩を落とす。そして視線を下げた先、ワイシャツの袖に血が付いてるのを発見して戦慄く。
「せ、せせせせ先生。漂白剤、漂白剤ないですか!?」
「漂白剤?あるわよ」
「貸してくださいっ!」
言うなり急いでワイシャツのボタンを外して脱ぐ。大丈夫、下にタンクトップ着てるから問題ない。
「きゃーっ!いきなり脱がないでよ!先生もお年頃なんだから!てか、意外とイイ身体してるわね!ギャップ萌えっ」
「そんなんどーでもいいから、漂・白・剤!」
「もー、褒めてるのに!ハイっ」
むくれた先生から漂白剤を受け取り、手洗い場に置いてあった桶を勝手に借りて血の付いた袖に漂白剤をぶちまける。
「……ふう。これで大丈夫」
「なに、どうしたの?」
「袖に血が付いてたんで。染みになんてなったら母親にボコられます」
「お母さん潔癖なんだ。大変だね」
「潔癖というか、白いのが汚れるの我慢ならないらしいです」
「うわ、めんど」
……養護教諭なら少しは共感する所なんじゃなかろうか。
「……先生、生徒の親に向かってそんな事言っていいんですか」
「だって親いないし?君もわざわざ言わないでしょ?」
「まあ、言わないですけど……。小鈴くんはどこ怪我したんですか?」
この先生調子狂うなと蚊帳の外にしてしまった小鈴くんへと話題を振り、眼鏡を上げ直してベッドに座ってる彼を見る。うっすら頬を染めて恥ずかしそうにそっぽを向いてる彼に内心首を傾げた。
「君と同じ指。痛いー!って号泣しながら入ってきたから重症なのかと思ったら、ただ紙でピッて切っただけっていうね」
「…はあ」
紙で切っただけでこんなに泣けるのはすごいな。
心底感心して小鈴くんをしげしげと眺めていると、ちらりとこっちを見た瞳からポロリと新しい涙がこぼれた。
つーか、男にしてはすごい綺麗な子だな。
サラサラの黒髪に、大きな二重の瞳。キュッと引き結ばれた小さな桜色の唇は柔らかそうだ。輪郭はまだ幼い膨らみがあって、あどけなさが残ってる。
この間まで中学生だったんだから、当然か。
小鈴くんに近寄って軽く頭を撫でる。俺の手に収まりそうな程小さい頭にびっくりしながら、しゃがみ込んでこれまた小さな手を取り、絆創膏の貼ってある指を触れないように自分の手で包む。
「痛いの痛いの、飛んでけー」
パッと手を開いて振り払うような動作をする。小さい子にやるおまじないだけど、なんだか小鈴くんには効き目がありそうな気がしてやってみる。
すると小鈴くんはびっくりしたのか、落っこちそうなほど目を見開いて俺を見てきた。
「ど?まだ痛い?」
首を傾げてその繊細な顔を見上げると、小鈴くんはじわじわと更に頬を赤くさせてふるりと首を横に振った。俺はそれに微笑むと小さな頭を撫でて立ち上がった。
「よし。じゃ、涙拭いてもう帰りな。で、明日の部活動見学はぜひ書道部へ遊びに来てね」
「え!?君、書道部なの!?高橋ってバカ面の奴いるでしょ?それ私のいとこ!」
やっぱり血縁者だったか……。
なんだかゲッソリした気分でそれに適当に返事をすれば、クイッと服が引っ張られる感覚がしてそっちを見る。
と、子猫みたいにぷるぷると体を震わせ、頬と耳を真っ赤にさせて潤んだ瞳で縋るように見上げてくる小鈴くんがいた。その表情にあらぬ所が反応しそうになって一度視線を外して咳払いする。
落ち着け、俺。綺麗な子だけど、男の子だから。俺も男。小鈴くんも男……よし。
「どした?」
「……指」
「指?」
「また、ピリピリ痛くなってきた、から」
「うん」
「おまじない……して?」
「……ゴホン、小鈴くんちょっと待ってね」
こくんと頷いた小鈴くんから離れて、無言で悶えてる先生の腕を引っ張って薬品棚の前まで行く。
「先生、やばい。新しい扉開きそう」
「先生もよ!お顔が綺麗だから余計に煽られるわー…」
「……先生、生徒に対してその発言はダメですよ」
「仕方ないじゃない!小鈴くんをそうさせた君の責任でもあるんだからね!」
「理不尽…」
「……せんぱい、」
すぐ後ろから舌ったらずな声が聞こえてきて勢いよく振り返る。その衝撃でズレた眼鏡を戻して見やれば、目に涙をいっぱい溜めて俺をまっすぐに見てくる小鈴くんのその瞳から視線が逸らせなくなった。
「痛いの……早く、して…?」
ぽろっと溜まっていた涙がこぼれ落ちる。
ーーああ、ダメだ。扉が勝手に開いてく。
――――――――――
「八代せんぱーい、桜って難しいです!」
部活動見学週間も終わり、今年は6人も1年生が入ってきてくれた。
半べそかいてる1年生の元へ行って書いた書を見る。
「どれー?……ああ、ツが大き過ぎたから見せ場の女が潰れちゃってんね。一緒に書いてみよっか」
「お願いしますっ」
パッと顔を輝かせた1年生に微笑んでから彼の後ろに回り、筆を持つ彼の手の上に自分の手を重ねる。
木へんの一画目を書き出そうとしたその時、
「ーーいった…っ!」
前から痛がる高めの声が上がった。
驚いて顔を上げれば、左手を握りしめて涙目になってる小鈴くんの姿が。
彼は部活動見学の時は毎日部室へ来てくれて、そのまま書道部へ入部してくれたのだ。
「ちょっとごめんね。高橋ー、この子に書き方教えてやってー」
「おう!」
暇してる高橋にお願いして、俺はぷるぷる震えてる小鈴くんの元へ小走りで向かう。
「どした?また紙で切った?」
横にしゃがみ込んで彼の顔を覗き込むようにして聞けば、ぽろぽろ涙をこぼして頭をふるふると横に振る。
「文鎮、指に落っことした……」
ああ、それは小鈴くんには痛い筈だ。
サラサラな髪を堪能するように撫でてから、両手で彼の手を優しく包み込む。
そして、いつものおまじない。
「痛いの痛いの、飛んでけー」
すると、彼は桜のように愛らしく笑うから。
思わず小さな手に口付けを落とす。
「ちょっ、そこー!!部活動中なんでイチャつかないでくれる!?」
高橋の怒号が響き渡ったが、醜い嫉妬だとマルっと無視して立ち上がり、小鈴くんの頭を撫でた。
……うん、またその顔で見上げてくるのはやめてくれないかな。
誤魔化すように咳払いをして、新たな道を突っ走ってるなと眼鏡を上げ直す俺だった。
__End__
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