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寝坊は三文の徳
強面美形×物怖じしない平凡
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わー、今日も校門がごった返してるー。僕、日直だから早く教室行きたいなー。
幸せが逃げちゃうからため息つくのは我慢して人混みに突っ込む。
「ごめんねー、すいませんねー、日直なんで通してくださいねー」
決して大きくなりすぎない声で言いながら野次ってる生徒をかき分けて進んで行く。
――抜けた!
「いい加減付き合ってよ!」
「…お前頭大丈夫か?何万回も断ってんだろうが。そっちこそいい加減諦めろっつーの。迷惑」
と、思ったら人殺してから登校してきたみたいな顔面をした人と、女子に間違えそうな程
可愛い顔をした人が睨みあってる場面に遭遇した。
つまり、人混みの中心に出てきてしまったようだ。ツイてない。
「まだ364回しか言ってないし!好きなんだから諦めらんないもんっ」
「「数えてんのかよ…」」
おっと、つい心の声が漏れてしまった。しかも怖い人と声かぶったし。
チラリと強面の生徒――早霧 がこっちを見た。ボソッと言っただけなのに聞こえたのかと驚きながら、ぺこりと頭を下げてそそくさと人混みの中へ逃げ込もうとした瞬間、グッと腕を掴まれて僕の逃走は失敗に終わった。
そして、気付けば目の前には可愛い顔の生徒――愛澤 がいた。肩に重みを感じるなと思ったら早霧の手が僕の肩をガッチリ掴んでるみたいだ。
一体何がどうしてこうなっているんだろうと、鞄を抱きしめて愛澤の顔を見ながら固まっていれば、更に早霧に密着するように肩を引き寄せられ目を見開く。
「愛澤、俺コイツと付き合うことになったから。だから諦めてくんね?」
「え!?」
………は?
「初み…」
「なんだ、初美 って下の名前で呼んでくれんのか?嬉しいな」
いや、初耳って言いたかっただけです。下の名前で呼んだら殺されるって聞いてるから呼ぶわけないし!……もう、なんですか、その砕けた笑顔は。決して可愛いなんて思ってないから、決して。はい。
「う、嘘でしょ!?そんな素振りなかったじゃん!それにそんなどこにでもいるような平凡面と!?早霧が!?冗談でしょ!?早霧に釣り合うのは僕だけだよ!」
「――愛澤」
「…っ」
地を這うような低い声だった。一番近くでその声を聞いたせいで恐怖に背筋がピキンと凍り付く。救いなのは早霧が今どんな顔をしているのか見えない事だ。
「な、なに!?」
愛澤も怖がっているみたいで少し顔色が悪くなっているが、いつもの強気で返してるのがすごい。どんだけ怖い顔をしているのか気にはなるが、見たくはない。
「俺の好きなヤツの悪口を言うってことは、俺に歯向かうって事でいいんだな?」
「っ!?ちっ、ちが、そういう訳じゃなくって、僕…!」
「じゃあ、お前も俺たちのこと応援してくれるんだよな?もう悪口も、これからちょっかい掛ける事もしないよな?」
「……っ、はい…」
「ありがとう、愛澤。――そういう事だから。聞いてた奴らはここにいない奴に伝えとけよ。2Bの渡利 凌 に手ぇ出したら暫く外歩けなくすっから」
よろしく、と言い捨てて早霧は僕を連れて歩き出す。人垣が綺麗に割れて道を作り、そこを進んで行くけど僕を見る周りの視線が痛すぎて俯く。
一体全体何が起こった。僕にとっていつもの朝だったはずなのに…。あ、これは夢かな?夢だよね?
「…イタタ」
なんという事だ。ほっぺたを抓ったらちゃんと痛いぞ。痛みを感じる夢なんて初めてだな。
「なにしてんだお前。夢だとでも思ってんのか?」
「夢であれと思ってます」
「残念、現実だ。お前は今日から俺の恋人。拒否権はない。譲歩もしない。仮でも偽りでも冗談でもなく、俺たちは正真正銘の愛し合う恋人だ。わかったな?凌」
いや、そんなやたら優しい顔で言われてもわからんです。
「クールダウンする時間と、思案する時間をいただきたいです」
「やってもいいが、結果は変わんねえぞ」
「いやいや、そっちもクールダウンした方がいいですよ。僕の顔ちゃんと見えてます?愛澤みたいに可愛くもなけりゃ美人でもないふっつーなDKですよ?」
「そこがいいんじゃねえか。媚びも売ってこねえ、恐怖することもねえ。他の奴らみたく特別視しねえで早霧初美を見てるとこが。そこに俺は惚れたんだ」
「……」
どうしよう……。
絶対誰かと勘違いしてる!
そもそもが早霧と僕話したことなんかないし、同学年だけど同じクラスになってもない。早霧の話なんてした事ないって言ったら嘘だけど、ほとんどしてないし。まあ、僕からしてみたら早霧は遠い異次元の存在だから媚び売るも恐怖を感じるもお門違いな話だし。
……あれ?でもクラスも名前も僕だったよね?あれ?
「つかぬ事を伺いますが、いつ僕なんかに惚れたんですか?」
「おい、自分を卑下すんな」
「あい、すんません」
「よし」
そう言って頭をぐしゃぐしゃ荒く撫でられるけど、案外悪くない。チラッと見上げた先にはいつもは見られないような早霧の年相応な笑顔があって、思わずドキッとして顔が熱くなる。
「……いやいやいや、ドキッじゃないから。ときめいてる場合じゃないから」
「なんだ、頭撫でられんの好きなのか?これからいくらでもしてやるよ」
「いえいえ、時が来たらで大丈夫です。で、いつですか」
「いつねえ……入学式じゃね?」
「え。入学式に会ってましたっけ?」
「お前、あっという間にいなくなったからな。遅刻して猛ダッシュしてただろ?」
そうですね。今でも朝目覚めて時間を確認した時の、肝が一瞬にして冷えた感覚は忘れらんないです。トラウマでたまに朝飛び起きます。
「……そんな若かりし頃がありましたね」
「ククッ、去年の話だろうが。で、人にぶつかったのは覚えてっか?」
「いろんな方々にぶつかったのは覚えてます。……え。その中にいた?」
「いた。ちょうど校門のとこ」
校門……なんかごちゃごちゃっと人がいたような……。
「――あ。なんか団体御一行様みたいな集団がいてかき分けるの大変だった気がする」
「それ、俺の団体」
「え?ああ、そうだったんだ。でもいた?全然覚えてないんだけど」
「いた。つーか先頭歩いてた。で、凌がぶつかって来た」
あー、人を抜けて飛び出した先で誰かの背中に顔面ぶつけた気がする。あまりの痛さに涙目なって視界ぼやけてたから、誰だったかハッキリと見えなかったけど。……え、それが早霧だった?
「仲間がふざけてぶつかって来たのかと思って、拳握りしめて振り返ったら知らない奴が顔面押さえて悶えてて普通にビビったし。新手の吹っ掛けかと思ったけどこんな弱っちい奴に負ける気しねえし、そもそも敵意を感じなかったから俺にしては珍しく他人の心配したわ」
「あー。何してんの?って言われた気が…」
「そ。で、凌めっちゃテンパってて。『すいません、ごめんなさい、飛び込むなら柔らかいおっぱいがよかったじゃなくて僕はもう心も体も怪我だらけで死にそうなんで一刻も早く入学式に出て何事もなかった風を装いたいんです!僕は寝坊なんてしてないー!』って走り去って行ったのは覚えてるか?」
待って。今のって僕のマネ?僕のマネだったら全然似てないんだけど!
「いや、そんな一言一句覚えてないし。逆にすごいね」
「記憶力はいいんだ。あと人の顔覚えんのも。後で確実に報復できるし」
そう言った早霧が凶悪に微笑んで今までどんな報復をしてきたのか気になった。
けど、僕の安寧の為に知りたくない。
「え。じゃあ、恋人になるってのも僕への報復?根に持ちすぎじゃない?」
「報復じゃねえよ。惚れたっつってんだろが」
「話を聞いてる限り、惚れる要素が皆無だったけど。ぶつかって意味不明な事言って走り去るとか、どこも惚れるところなくない?もしかしてぶつかられると惚れちゃうとか?」
「ちげえわ。そんなんで惚れてたら身が持たねえわ。俺が周りから怖がられてんのは知ってんだろ?」
「高校に入ってから知ったけどね。ここの地区に唯一ある不良グループの総長で絶対君主。一人で屍千人の山築いたとか、マフィアのご子息様だとか、いつも拳銃持ち歩いてるとか。眼力で人が殺せるはあながち間違ってないと思うけど」
「あ?」
眉間にしわを寄せてギンッと睨まれる。それに僕も眉間にしわを寄せて同じように睨み返すと、早霧は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。
「早霧は強面かもしんないけどさ、それ以上にすごい綺麗な顔してんだよね。銀髪は染めてんだろうけど、その瞳の色は地でしょ?ハーフ?クォーター?まあどっちでもいいけど、そんな綺麗なソーダ色の瞳で見つめられたら心臓止まっちゃう人もいるんじゃない?」
僕とか結構ドキドキしてるからね。あーもう本当、出来れば見ないでほしい。
「……やっぱ、変わってんなお前。それと初美でいい」
「はあ?僕に惚れたそっちの方が変わってると思うけど。名前呼びは……親しくなってからで」
「じゃあ、ベッドで名前呼ぶ練習だな」
「え゛」
ベッドって……何かをナニされて何かがナニになって。とりあえず怖いんですが。
「マジで凌は変わってるから。俺にぶつかって来た奴の反応って大概俺の顔見て勝手に怖がって、何も言ってねえし手も出してねえのに金置いてったり腰抜かして泣き喚いたりすんだ。なのにお前は…、ははっ」
急に早霧が笑い出した。何この人、いきなりどうしたの。楽しそうだからいいけどさ。
「全然怖がんねえし俺の心配よか自分の方が優先だし、なんだコイツって思ったけど人間臭くていいなとも思った」
「そりゃ、誰でも我が身が一番可愛いでしょうよ。これぞ人の性」
「ククッ、まあな。それに、こんな普通に俺と喋れる奴もいねえよ」
「……嘘だあ。一人くらいいるでしょうよ」
言われてみればめちゃくちゃ普通に喋ってるね。でもあれだけお仲間に恵まれてれば早霧と対等に渡り合う人もいるはず。
「同い年じゃお前くらいだよ。大体怖がるか、尊敬してますっつって敬語で話してくる。どっちも俺のご機嫌取りみたいに喋ってくるから、こっちも気ぃ遣ってぶっちゃけ疲れんだわ。でも、お前と話してんのは楽でいい。普通に楽しい。より惚れたわ」
「わはは、こんな普通に喋ってるだけでより惚れてもらえるなんて嬉しい限りで。たぶん、僕の周りの奴らならこうやって普通に話せると思うし、今度話してみる?」
「いや、絶対怖がられんだろ。類は友を呼ぶっつーけど、凌みたいな奴は早々いねえだろうし」
「そんな事ないって。今からクラス行って話してみれば?……ん?」
……あれ、なんか忘れてるような……。
クラスというワードを自分で言ってから、不意に何か重大な事を忘れてる気がして頭を抱える。
「なに、どうした?頭痛いのか?」
「いや、なんか忘れてる気が…」
「凌ちーん!」
突然頭上から声が降ってきた。え?と見上げれば、僕のクラスメイトで友達の吉田 がベランダから身を乗り出してこっちに手を振っている。笑顔が太陽並みに輝いて見えるんだけど、なんで?
「日直の仕事やっといたよー!」
――ハッ!
「それだー!!忘れてた!ごめん!ありがとう!ゴッド吉田に幸あれ!!」
「なははー。お礼は学食のプリンでいいよー」
「競争率激しいから無理ー!」
「早霧様の力借りれるから余裕じゃん?あー、お昼楽しみーっ」
「ちょっと吉田ー!?…えー」
本当にプリンの為ならよく働くよなあ、と吉田が消えたベランダを疲れた目で見る。
「プリン勝ち取れるかな…」
「アレ。言ってた友達か?」
「うん、吉田。いつもはやる気皆無なんだけど、プリンの為なら命さえ惜しくない精神の持ち主。プリン以外に興味ないから早霧とも普通に話すと思うよ」
「おもしれーな、興味沸いたわ。プリン、俺が持ってってやるよ」
「え、いいの?あれめっちゃ競争率高くて一瞬でなくなるから、授業終わったらダッシュしなきゃだよ?」
果たして早霧がプリンを求めてダッシュなんてするんだろうか。残念ながら想像は全くできない。
「心配するな。俺は一番で受け取れる。じゃ、また昼休みにな」
くしゃりと僕の頭を撫でて早霧は去って行ってしまった。ついつい甘い笑顔に見惚れてて聞きそびれた。
50メートル走、何秒で走れんの?って。タイム聞ければちょっとはダッシュする早霧の想像が出来ると思ったのに……ま、お昼に聞けばいっか。
ルンルン気分でスキップして教室に向かった僕は、お昼休みが来るのが待ち遠しくて仕方がなかった。なんでこんなに浮かれてるのかは僕自身もよくわからないけど、ただ早霧とまた話して、笑った顔が見たいなと思った。
早霧は遠い異次元の存在で関わり合うことなんてないと思ってたけど、入学式で会っていた、というかぶつかっていたとは予想外だった。
早起きは三文の徳と言うけど、僕の場合は、
寝坊は三文の徳、だね。
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