7 / 16
第7話
玄関居座る事を決めたラオンは隅っこに腰をおろす。
ラオンと黒は幼馴染の様なものであった。
生まれた時のミーハト様はそれはそれは可愛らしかった。
ミーハトは黒豹の姿をした魔物と、生贄にと攫ってきた姫君の間に生まれた半獣である。
父君はバト様、母君はミーア様であり、二人の名前を取ってミーハトと名付けられたのだ。
そんな素晴らしい名前を勝手にクロ等とそんじょそこらのペットにでも付ける様な名前に改名するなど許させる事ではないだろう。
ラオンは酷く憤りを覚える。
バトは魔王では無かったが、それなりに力のある御三家と呼ばれる家の長男であり、王であった。ミーアは元々食料として配下の者が掻っ攫い献上したものである。
バトも元々人間を食する習慣はなく、返して来いと命令したが、ミーアの方は姫君であるが、生まれは12番目と末であり、何処ぞの誰とも知らない30も年の離れた男と結婚されそうで、それならば一層食べてくれと逆にバトに懇願したのだ。
バトは困ったが、嫌がってるミーアを家に返す訳にも行かず、取り敢えず部屋をあえて住まわせた。
その内に二人は恋仲になり、ミーハトが出来たと言う訳である。
人間が魔物の子供を宿すのは命懸けだ。その為に、バトは何度もおろす様にと進言したが、ミーアは産むと決心していた。それが例え自分の命と引き替でもだ。「私は貴方とずっと一緒に居られません。寿命が違いすぎるわ。でもこの子は貴方の側に居られるでしょ。だからお願い産ませて欲しいの」そう、言ってミーアはバトを説得し、ミーハトを産んだのだ。自分の命と引き替えに……
ミーアの命はミーハトを産んだと同時に尽きた。
ミーアはもし自分が助からなかった時は、どうか貴方の食事にして下さいとバトに懇願してたので、バトは泣く泣くミーアを食した様である。
なんと涙ぐましい話であろうか。
その話をミーハトの乳母である自分の母でも有るが、一緒に何度も聞かされたと言うのに、ミーハト様は忘れられてしまわれたのか。
魔物の人間との間に出来た半獣は、その殆どが知能の低い獣として産まれる。その為にバトも覚悟していた。しかし産まれて来たのは元気で美しい黒豹である。
見た目は自分にソックリで有るが、瞳の色だけは妻であるミーアに似た綺麗な青であった。
ミーハトは直ぐにその能力の高さを見せ、バトの配下の者達を驚かせた。
将来は魔王になりえる器だと皆が認め、ミーハトはその為の英才教育を受けさせられた。
たまに遊び相手も居るだうと用意されたのがミーハトの乳母の息子であるラオンである。
あの頃のミーハト様は本当に可愛らしかった。聡明で強く、美しいのに可愛らしい一面も有り、普段はおっとりとしておられるので、初めて見た者には姫君と間違われる程であった。
その頃、魔物と人間界の境界線で戦争がおきた。
勇者と言う者が現れたのだ。
人間を脅かす魔物を一層し、国土を増やそと目論んでの事である。
力こそ魔物の方が強いにしろ、弱い魔物も多い、人間は弱い魔物を倒し、少しずつレベルを上げて襲って来るのだ。
レベルを上げた勇者は魔王すら脅かす。
その時の戦で魔王は倒され、その側近であったバトも勇者の手で狩られた。
勇者は名声を手に入れ、我々の境界は狭くなってしまった。
一度降伏し、再起を待つしか無くなってしまったのだ。
そして新しく魔王として据えられたのがミーハトであった。
だが本人にはヤル気は全くなく。
人間に復讐する気は無い様であった。
お父様を奪った人間を何故恨まないのか、ラオンは不思議でしか無かった。
それにあのミーハト様の食料…… 本人は家族等と言っているが……
魔王と父君を倒した勇者に何処か似ているのだ。
この辺の人間の顔ではない。
白い肌に金髪、碧眼は戦争を仕掛けようと不穏な動きをしている大陸の王国の特徴である。
嫌な予感がする……
我が王は人間に騙されているのではないか。
心優しいお方で有る。それに付け込まれているのでは……
やはり、力付くでも城に連れ帰らなければ!
しかし王を力付くでと言っても、自分も力は強い方で有るが、王には勝てない。
さて、どうしたものか。
ラオンが策を巡り悩んでいると
「おい、ライオン!」
そう呼ばれた。いや、ライオンではなく。ラオンなのだが……
「王」
顔を上げれば王の姿。もしや、やっぱり一緒に帰って下さる気になったのか!
そう、ラオンは顔を輝かせる。
「お前も腹が減っては帰れまい。ここからあの城は中々距離があるからな。飯だ」
そう差し出されたのはお膳である。
ご飯に味噌汁、そして炒め物だ。
「全部俺が育てた野菜とか、捕まえた猪とかそんなんで作った」
「王が!?」
「そうだ」
「有り難く頂きます!」
「それを食べたら帰ってくれよ?」
「いえ、それは聞けません。貴方が帰ると言うまで帰りません」
「お前にも困ったものだな」
出した飯をたべつつ、絶対に帰らない! と頑なラオンに、溜息が出る黒。
多分、自分が居なくなった後を引き継いでいるであろうラオンが城を抜けてしまっては、配下の者が困るだろうし、このすきにと謀反を起こす者が現れるかもしれない。
自分はラオンが居るからコイツなら他の魔物も上手くまとめてくれるだろうと城を抜けだす事が出来たのだ。
しかしコイツまで城を抜け出してしまえば、無法地帯になるだろう。
それこそ指揮官が居ない今を見計らい、人間を食べつくしてやろう等と暴挙に出る輩が現れかねない。
早く帰って欲しい。
「王、私は貴方が心配なのです。貴方の父君からお願いされているのです」
「俺は大丈夫だ…… あの城に居ると息が詰まる。魔王魔王等と呼ばれたく無いんだよ。俺は、人間とも闘いたくない」
「それならば尚更貴方が指揮を取らなければならないでしょ。貴方が消えてしまってから人間と交渉しよう等と思う者も居なければ、仲は確実に悪化しました」
「何故お前は交渉してくれないだ」
「私は人間なんかと口も聞きたく有りません! そもそも貴方が交渉して聞き入れた勇者が居ましたか? 全員貴方を殺そうとしましたよ。アイツらは英雄と持て囃されたいだけのクズです」
「飯を食いながら怒鳴るな。米粒が飛んでくる!」
「は! すみません。飯、美味いです!」
「それは良かったな」
黒はもう一度深い溜息を吐く。
やはり、ラオンに無理矢理押し付けた己の責任だろう。
ラオンが先程言っていたが、人間側がまた戦争を目論んでいると成れば、また血が流れる。それは止めたい。
興味が無い等と言ったが、黒はやはり気になってしまう。
おそらくはラオンの勘違いだろうが……
ラオンは優秀な側近であったが、些か神経質過ぎる所が有るのだ。
石橋を叩き過ぎて壊すタイプである。
白に確認も取ったが、そんな話は噂でも聞いた事は無いと言うし……
「解った。一度城に戻る。だが直ぐにお前とと言う訳には行かない。一足先に戻ってくれないか? 城が心配だ」
「そう言って私を返し、そのまままた行方をくらますのでは?」
ラオンのあやしむ様な視線に黒は思わず苦笑いを浮かべた。
「ならマーキングすれば良いだろ。ほら」
心配性の側近に、仕方なく頬を差し出す黒。
「え? わ、私が王にマーキングを!? そんな、恐れ多い事は……」
「しないのか?」
「い、いえ、では、失礼して……」
ラオンは恐る恐る黒の頬に舌を這わす。
「マーキングは三日しか持ちません。それまでにお戻り頂けない時はまた来ますからね!」
「解ってる。三日以内に向かうよ」
「私は王を信じます」
ラオンは忠誠を誓う様に黒の指先にキスすを落とした。
「では、御馳走様でした」
「ああ、お粗末様」
ラオンは、黒に一礼し、玄関から出ると風の様に駆け抜けて行った。
流石ライオンだけあって足が早い。
まぁ、黒豹である黒の方が足も早いのだが。
黒はラオンを見送り、白の待つリビングに戻るのであった。
ともだちにシェアしよう!