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3.出会い①
夜の八時。私服に着替えた奏太は指定されたラブホテルにいた。
アプリの書き込みにはすぐに反応があった。いくつかの立候補者の中から、アルゴンと名乗る二十代の男を選んだ。顔を隠して送られてきた裸の写真が、ほどよく引き締まっていて奏太のタイプだったからだ。
アルゴンから先に部屋に入るよう指示されていたので、指定のホテルで適当な部屋を選んでその中で待つ。
大きなベッドにソファやテーブルといった一通りのものが揃っているなんの変哲も無い部屋だ。奏太はアプリで相手に部屋番号を教えると、退屈しのぎにテレビを点けた。
そこに映し出されたのは、男女の二人が絡み合う過激な映像だった。女優が艶かしい声をあげている。もし同級生なんかがこれを見たら、感嘆の声をあげて、彼女に釘付けになっただろう。しかし奏太は何度見ても、何を見ても、反応できなかった。どうしても視線が行くのは女優の背後で見切れている男優である。
昔に比べ、世間は同性愛者に寛容になったと言われているが、奏太は自分が許容される立場になどなりたくない。ただ普通でいたかった。同級生が教室で異性のタイプを話すように、自分も同じように話をしてみたい。合コンしたり、デートしたり、告白したり……そんな風に青春を過ごしてみたい。しかしそんなものは彼にとって、遠いおとぎ話のようだった。
「早く来ないかな……」
手元にあったリモコンでテレビを消すと、静かになった部屋で相手が来るのをじっと待った。
やがて廊下で何やら男の話し声が聞こえてきた。その声はどんどんと近づいてきて、扉をノックされる。きっとアルゴンだろう。扉を開こうとすると、扉越しに男の声が聞こえてきた。
「本当? ……ああ、じゃあ俺の分残しといて」
誰かと電話をしているのだろう。どこかで聞いたことのあるような声だなと思いながらも、奏太は扉が開いた。
そこにいたのは、昼間、教壇に立っていたはずの男……白坂誠だった。
(シラマがなんで……)
奏太は絶句して目を見開いた。しかし白坂は電話に夢中で、こちらを一切見なかった。扉を開けた奏太に対して礼代わりに片手を上げて室内へと入ってくる。
こんなところに出入りしていることがバレたら、大変なことになる。いや、それは相手も同じはずだ。まさか、自分とわかっていてやりとりしたのか?
疑念と混乱に陥りながら、奏太は扉に突っ立ったまま、白坂を見つめた。彼は電話を肩と頬に挟んで、ソファの前で上着を脱いでいる。
「うん、帰ったら、食べるから」
(相手、絶対嫁だろ……)
シャツの袖のボタンを外し、電話の相手に向かって軽く笑った。
「当たり前だろ、楽しみにしてんだよ。……ああ、じゃあな……」
そう言って電話を切ると、白坂はスマホの画面を下にしてテーブルの上に置くと、すぐに奏太に背を向けた。
「じゃ、風呂入ってくるわ」
「え……」
驚いて声を漏らした奏太を放って、一人で浴室へと消えていった。
(全然こっち見ない……。いや、まあ好都合なんだけど……)
挨拶もなしに浴室へと行った彼に対して奏太は少し不穏な気持ちになった。
奥から水音が聞こえてきた。今のうちに逃げようかと頭をよぎったが、それを実行することはなかった。前から、白坂は奏太の好みだった。顔立ちは整っているし、細い腰なのにむっちりとした太もも。授業中、暑そうに緩めたシャツの胸元に釘付けになったこともある。特別美形というわけではないが、とにかく色気がある男だった。
そんな男を抱けるというのだから、それをみすみす逃すこともない。
それに、身体以外でも白坂に興味を持った。
(シラマも俺と同じなのかな……)
知り合いでゲイに出会ったのは初めてだった。彼と話をしてみたかった。
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