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6.化学準備室①

 翌週の月曜日。  昼休みのチャイムが鳴ると同時に奏太は科学準備室に向かった。目的はもちろん白坂だ。片手にクリアファイルを携えた奏太の目は鋭く、黒い怒りに燃えていた。  ノックをして扉を開くと、コーヒーの匂いが漂った。化学室の隣にあるその部屋は、あまり広くなく、小さな黒板や何かの実験に使うであろう瓶の棚が壁に張り付くように並んでいた。その反対側に灰色の無機質な机が二つ並んでいた。  その奥で、白坂が弁当を食べていたところである。彩り豊かな手作り弁当はおそらく彼の妻が作ったものだろう。そう考えただけで奏太は吐き気がした。  見た所、白坂以外に職員の姿はない。奏太が入っても、顔を上げようとしない白坂に控えめに声をかける。 「あの、白坂先生。ちょっと相談したいことがあって……」 「あとにしてくれ。今食べてるのが見えないか?」  こちらの顔も見ようともせず、一方的にそう言い放つ白坂。  相変わらず、舐めたやつだ。  苛立ちを抑えながら、白坂に近づく。彼の机に手を置いて、低く囁いた。 「そう言うなよ、」 「……え」 「いくら出会い系でもさ、一度も顔を見ないでヤるっていうのはどうかと思うよ、俺は」  短い驚きの声とともに白坂はようやく顔を上げてこちらを見た。そして、その直後に息を飲むのがわかった。信じられないという顔で何度も瞬いたあと、ようやく掠れた声を出した。 「お前……まさか……」 「ソウタって呼べよ。昨日もそう言っただろ?」  白坂の顔がみるみる青くなる。  彼は目を白黒させながら、眉を寄せている。おそらく彼の脳内はさまざまな疑念と思案が渦巻いているだろう。この間、ホテルで白坂と出会った奏太がそうであったのと同じように。  一瞬がひどく長く感じた。  そうしてようやく口を開いた白坂から出た言葉は滑稽なものだった。 「き、昨日って? なんの話だ?」 (ふーん、しらばっくれるつもりか)  もう少し気の利いた返事を期待していた奏太は少し拍子抜けした。踵を返してその場を後にしようと背を向けた。 「まあ、覚えてないならいいや。」 「待て」  ガタッと派手な音を立てて、白坂が立ち上がる。そして慌てた様子で取り繕った。 「な、なんの相談なんだ。今、聞くよ」  あまりに想定通りで、口元に浮かぶ笑いが止められない。奏太は破顔したまま嬉々として振り返った。 「先生……俺さ、あんたにレイプされたんだ」  時間が止まったのではないかというほどの静けさが二人を包んだ。白坂は目を点にして呆然とこちらを見ている。 「……は?」  白坂はかろうじて、声を絞り出した。真っ白の顔で引きつった笑いを浮かべている。  「な、何言ってんだよ、お前……」 「アプリ使って呼び出されて、ホテル行ったら犯された。……あんたに」 「馬鹿なこと言うなよ。そんなデタラメ……めちゃくちゃだろ……」 「デタラメじゃない。証拠もある」  奏太は持ってきていたクリアファイルから書類を取り出すと、机に放り投げた。そこには奏太と白坂のアプリでのやりとりと彼の半裸の写真があった。 「これ、先生だよな? 調べてもらったらすぐわかるんじゃないの?」  スマホの画面を見せれば済むものをわざわざプリントアウトしたのは、こちらの本気を見せるためだ。その甲斐あってか、白坂はようやく奏太との関係を認めた。 「レ、レイプって……。あれは合意だっただろう。それに突っ込んだのはお前の方じゃないか」 「じゃあ、そう言えば? 生徒だと気づかずにケツを掘ってもらいましたって堂々と言えばいいじゃないか」  白坂の顔がみるみる歪んでいく。膝の上に置かれた拳が震えるほど強く握られていた。

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