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*13.体育館のトイレ③
「ゴ……ゴムは?」
「そんなものないけど」
「だ、駄目だッ!」
響くほどの大声だった。先ほどまでの淫らな表情は吹き飛んで必死さが伝わってくる。彼がこんな風に拒絶したのは初めてだ。
「本当に駄目だ……」
「こんだけノリノリでヤッといて今更何言ってんの」
「か……、勘弁してくれ。何も準備してないんだ」
白坂は持ち上げていた足を下ろすと、奏太の下肢に手を伸ばす。
「お前のは、ちゃんとしゃぶるから……な?」
「ふーん……」
あやすような甘えるようなそんな顔で見上げてくる。そんな彼の表情を見るのは悪くない気分だった。しかし、奏太は彼の提案を受け入れず、伸ばしてきた手を払いのけた。
「じゃあ、放課後までに準備しといてよ。それなら文句ないだろ」
その言葉の意味が飲み込めない様子で白坂は無言でこちらを見つめている。奏太は己の逸物をズボンの奥にしまいながら続けた。
「なんか突っ込みたい気分だしさ。場所はそうだな……、三階の第二音楽室の隣のトイレで。あそこなら、部活もないし、人もいないし」
「いや……待てよ……」
白坂は目を泳がせて言葉を探している。理由をつけて断りたいのだろう。そんな無駄な議論に付き合うつもりなどない。
「ホームルームが終わったらすぐに集合な。時間厳守。わかった?」
「そ、奏太……あぐっ」
なおも食い下がろうとする白坂の顔を掴むと、背後のタンクに押し付けた。口を手のひらで覆うようにして彼の頬に指を食い込ませる。
「わかったかって聞いてんの」
「わ、わかった……」
殺気に押し切られるような形で白坂を頷かせると、奏太は満足して手を離した。そして
ワイシャツ一枚で便器に座っている男を見下ろした。
「じゃあ、それしまって出ていけよ」
「え……」
「お楽しみは放課後なんだろ?」
白坂の中心は先ほどまでとはいかないが、それでもまだ緩く勃ち上がっていた。奏太はトイレットペーパーを雑に巻くと、それを白坂に渡した。
「ほら、服着るまで待っててやるから」
古紙をそのまま切って巻いただけのような硬いトイレットペーパーは、白坂の手の上で丸まっている。彼はそれをしばし見つめたあと、諦めたようにため息をついた。そして、濡れた下肢を拭うと服を着た。
奏太はしっかりと彼がベルトを締めるのまで見届けてから、個室の扉を開いた。
「じゃ、あとでね、先生。……勝手に抜いたら許さねぇから」
いつもは先に立ち去る奏太だが、この日は、先に白坂をトイレから出した。この後に及んで自慰などするわけがないだろうが、念のためだ。
それと、もう一つ目的があった。
奏太は、トイレから出ると体育館から聞こえる音に耳をすませた。ボールが跳ね返る音が反響している。
(まだいるみたいだな……)
体育館の窓を除くと一人でバレーボールの練習をしている生徒の姿が見えた。昼休みにも関わらず、熱心にボールを打っているのはクラスメイトの鈴井だ。
普段はムカつくだけの男だが、バレーボールというスポーツでは選抜で選ばれるほどの実力者であった。彼は昼休みの休憩すら惜しむように熱心に練習に打ち込んでいる。
奏太は体育館に併設されている更衣室に向かった。鍵はかかっていない。短時間の練習だからと油断し切っているのだろう。更衣室の棚の一番手前には、鈴井の制服が粗雑に投げ入れられていた。
上着には財布まで入りっぱなしで、不用心もいいところである。奏太はその財布には見向きもせず、さらに学ランを探った。そして、胸ポケットから銀色に光るネックレスを見つけた。指輪がついているこのネックレスは鈴井が肌身は出さず身につけているものだった。
奏太はそれを手に取ると、足早く更衣室を後にした。
人気のない渡り廊下を歩きながら、改めて盗んだ指輪を眺めてみた。安っぽい天然石が埋め込まれた指輪の内側には、日付と筆記体のサインが彫られている。奏太はそこに書かれていた名前を読み上げた。
「アヤネ……か。可愛い名前」
小さく笑って、その指輪を自分のポケットにしまい込んだ。
「ちょっとあんたの彼氏借りるよ、アヤネさん」
もうすぐチャイムが鳴る。奏太は生徒たちが行き交う校舎の中へと足早に紛れていった。
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