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14.鈴井の怒り

 体育館で練習していた鈴井は、昼休みが終わっても教室に戻ってこなかった。授業を遅刻した彼は教師に注意され、鈴井は一応の謝罪を口にしたものの憮然とした態度で席に座った。その殺気は教師が叱責の言葉を飲み込むほどであった。  奏太が盗んだネックレスには鈴井をここまで乱すほどの思い入れがあったのだろう。奏太は彼の怒り狂った横顔を見て、せいせいした気持ちになった。  鈴井の機嫌の悪さは放課後になっても変わることなく、あらゆる言動の節々に棘を含んでいた。そんな彼に近づく者もおらず、ホームルームが終わると同時にその苛立ちを奏太にぶつけてきた。 「まさかお前じゃねぇだろうな」  教室を出ようとした奏太の前に立ちはだかり、唐突にそう尋ねてきた鈴井。奏太は少し怯えた目を見せて、小さく尋ね返した。 「何が?」 「とぼけんじゃねぇよ!」  鈴井は唾を吐きながらそう叫ぶと、奏太の胸元を掴んできた。 「俺に恨みあるっていったら、お前ぐらいしかいねぇんだよ!」 (恨まれてる自覚はあったのか)  奏太はどこか冷めた目で目の前の男を見返した。鈴井の疑いは因縁のようなものだ。まさか奏太が本当に怒りの原因だとは、鈴井自身も思っていないだろう。彼はただ、自分の怒りを奏太を使ってやみくもに発散したいだけだ。 「やめろよ、鈴井」  今にも殴りかかりそうな鈴井に、毅然とした声をかける者がいた。隣のクラスの五十嵐だ。奏太と同じぐらいの身長の一見気弱そうな男子だ。  しかし五十嵐は頭一つ分大きな鈴井に対して、臆する様子はない。クラスメイトの誰もが関わらないようにしていた鈴井に、堂々と対面した。 「いくらなんでも、盗まれたなんて考えすぎだろ。財布は残ってたんだろ?」 「あ……、ああ」 「じゃあ、どこかで落としたんだろう。僕も一緒に探すから、八つ当たりするなよ」  鈴井の歯切れの悪い返事とともに、奏太の胸元を掴んでいた手の力がするりと緩んだ。  五十嵐は、鈴井と同じバレー部員だ。彼もまた鈴井と同じぐらいのバレーの実力の持ち主だと聞いたことがある。  バレーボールのことはよくわからないが、この様子だと、どうやら力関係は五十嵐の方が上らしい。怒りをなんとか治めることに成功した五十嵐は、奏太に向かって軽く肩を叩いた。 「悪いな、野田。彼女とのペアリング無くしちゃったみたいで、気が荒れてるんだ」  彼は柔和な笑みを浮かべて、奏太にそう説明した。  こんな人格者が鈴井の周りにいたことに少し驚きながら、奏太は教室を後にする二人の後ろ姿を眺めた。  まだ怒りを引きずってる鈴井とそれを宥める五十嵐。ほとんど二人を知らない奏太にも、彼らの間に信頼関係があるのが見て取れた。

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