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30.自宅①(白坂視点)

 最悪だ、最悪だ、最悪だ――  ホテルの浴室で己の体を清めながら、白坂は激しく後悔していた。  病気を人一倍気にする白坂にとって、中出しなどありえないことだった。今までの恋人にだってそんなことを許したことなかったのに……。  悔しいのは、脅されて中出しを強行されたことだけではない。  うまくやれば回避できたんではないかという自分自身への疑問だ。もっとうまく交渉すれば、もっと強く拒絶すれば、こんなことにはならなかったのではないか。そして何より許せないのは、先ほどの情事の中で、奏太が欲しいと願ってしまったことだった。  心の奥底では彼を求めているんじゃないか、という疑念が脳裏をよぎり、白坂は大きく首を振った。 (そんな訳あるか!)  壁に片手を預けながら、おそるおそる後孔に指を挿れて掻き出すと、薄くなった彼の白濁がシャワーの水滴に混じって足を伝う。その気持ち悪さにぞっとするはずなのに、後孔の刺激に落ち着いていた体の奥の熱がわずかに再燃したのを感じた。  白坂は瞼をきつく閉じて、その熱を無視する。ただ作業として、無心で奏太の熱を追い出した。   しかしどれだけ掻き出しても、まだ自分の中に奏太の熱が残っている気がして、白坂は舌打ちした。 「あいつ、マジで許さねぇ……」  シャワーを出て身体を拭くと、皺になったワイシャツとドロドロの下着が脱衣室に落ちていた。どう考えてもそれを身につけて帰宅などできない。  ワイシャツは仕方なく着たが、下着はゴミ箱に放り投げて直にスラックスを履く。途中でコンビニで買って帰るしかなさそうだ。  鏡に映るしわくちゃのワイシャツ姿の自分がひどくみじめに感じた。  髪を乾かして部屋に戻るとベッドで奏太が眠っていた。  気楽なもんだと思ったが、その寝顔がどこか苦しそうに見えて、白坂はわずかな溜飲を下げた。  せめて、夢の中だけでも苦しめと願い、白坂はホテルを後にした。 * * * 「おかえり。遅かったね」  帰宅してリビングに入るなり迎えてくれたのは、妻の紗絵(さえ)だった。時刻はすでに十時を回っている。食卓で彼女は待ちくたびれたように頬杖をついてテレビを見ていた。勝気そうな細い目が不機嫌そうに見えて白坂は緊張した。紗枝は二つ年上で市役所に務めている。しっかり者で気がきくと言えば聞こえはいいが、裏を返せば気が強くて勘が鋭いということだ。  あれが浮気に入るかはわからないが、白坂が同性が好きなことなど当然彼女は知らない。バレれば間違いなく糾弾されるだろう。 「ああ、会議が長引いて」 「連絡してよ」 「ごめん」  言い訳もせず素直に謝ると足早に寝室に向かい、荷物を置いて着替えを手に取った。 「先、シャワー浴びていい? 汗かいてさ」  さきほど浴びたばかりだが、そうも言ってられない。白坂は下着を身につけていなかったからだ。  白坂は下着を同じメーカーで揃えている。ワイシャツはコンビニで買って着替えることができたが、下着はそれが出来なかった。違うメーカーの下着を買うと妻にバレるんではないかと懸念したのだ。  一刻も早く浴室に行きたかった白坂だったが、紗絵は立ち上がると彼のそばまで無言で歩いてきた。 「……な、なに?」  何か勘付いたのかと、緊張に身を固くする。背中に嫌な汗が伝ったのがわかった。

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