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33.自宅④(白坂視点)
風呂から上がったあと、食卓を挟んで不意に紗絵が尋ねてきた。
「ねえ、今日が何の日か覚えてる?」
その言い草に白坂はドキッとした。この手の質問は返答次第で怒りを買うからだ。
結婚記念日、妻の誕生日、自分の誕生日、義父義母の誕生日……思いつく限りの記念日を並べてみるがどれも当てはまらない。返答に窮していると、彼女は少女のような無邪気な笑顔で教えてくれた。
「私たちが初めて会った日だよ」
そんなことまで覚えてられるか。
白坂は怒鳴りたくなったのを必死にこらえた。
そんなことのためにあんなセックスをする羽目になったのかと思うと、怒りがこみ上げてくる。しかしこの怒りは相手には理不尽なものであるとわかっているだけに何も言えない。白坂は表情を隠すように俯いて、眉間に指を押し当てた。そしてなんとか曖昧な返事をする。
「……ああ、そうか」
誰かがいつか恋は愛に変わり、最後に残るのは家族愛だと言っていた。だから、恋は出来なくても人として尊敬できる人を選んだつもりだ。学生時代は勉学に励み、仕事も真面目で、性格も堅実な女性だ。だが、出会って三年が経っても未だに偽りの恋から抜け出すことが出来ない。
それどころか、あの男のせいで平穏だった生活に支障が出始めている。
このままではいけない。
白坂は今までにない危機感を覚えた。
何か手を打たないと。
白坂は食事をしながら、思索した。
食事もほとんど終えた時、紗絵の携帯電話が鳴った。夜に電話をかけてくるなんて彼女の母親ぐらいだ。
「もしもし、お母さん。どうしたの?」
やはり相手は母親だったようで、彼女は電話を片手に席を立った。大した用事などない。とりとめのない雑談が一時間ほど始まるだけだ。リビングの奥へと消えた彼女を見送って、自分も携帯を取り出す。メッセージアプリを開き、その中の非表示していたリストからある人物を選んだ。
青木という名の男だ。
彼とは、結婚以来一度も連絡を取っていない。連絡が来ないようにブロックまでしていた。
白坂はその男のブロックを解除すると、その男に一言メッセージを送った。
『元気?』
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