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36.警告③(白坂視点)

 昼休みが終わるまで残りわずかだ。てっきりそのまま教室に戻るのかと思っていたが、奏太は何食わぬ顔をして準備室に戻ってきた。  そして白坂の隣の空席につくと、そのまま机につっ伏せた。 「腹減った」  そんな風に呻く彼は教室で見る生徒たちとなんら変わらぬ高校生であった。  いつもやることを終えたらさっさと帰るのにと、不思議に思いながらも会話に付き合う。   「昼持ってきてないのか?」 「うん、今日ちょっと寝坊したから、コンビニ寄る暇なくて」  この時間なら食堂も閉まっているだろう。  白坂は脇にあったカバンから青いポーチに入った弁当を取り出した。 「……俺の弁当食べるか?」 「シラマ食べないの?」 「食欲ねぇんだ」  食欲がないのは今日だけじゃない。  この男に精液を飲まされた日には食欲なんてすっ飛ぶ。それでも早起きして作ってくれた妻に悪いので、少しでも食べてから帰ってはいるが。彼女に食欲がない理由がバレれば、刺されても文句は言えない。  そんな事情も知らぬ奏太は、蓋を開けた弁当のおかずに無邪気に顔を緩めている。  その中に入っていた卵焼きをひとつ口に入れると、緩んだ顔がはっきりとした笑みを作った。 「美味しい」 「……普通だろ」  自分が作ったわけではないが、あまりに大げさに喜ぶので白坂は冷ややかに言った。というのも、白坂は妻の作る甘い味付けの卵焼きが苦手だったからだ。それを指摘する勇気も、自分で作る技術もない白坂は甘い卵焼きを黙って食べるしかなかった。奏太はその味付けを喜んでいるので、なんだか(しゃく)に触ったのだ。 「なんかこういうカラフルな弁当って初めて食べるかも」  半分は冷凍食品の弁当が何が珍しいのか、まるで宝石箱を見るみたいに目を輝かせて奏太は言った。  彼のこんな穏やかな顔は初めて見たかもしれない。 「俺の弁当、いつもおばあちゃんが作ってたから、煮物ばっかで色悪くて」 「作ってもらえるだけいいだろ」 「まあ、そうだね」  もっとマシな言い方があるだろうに、自分から出てくるのは可愛げのない言葉だ。奏太は別段反論するでもなく受け流した。  奏太が自分のことを話すのは初めてだ。彼がほんの少し自分に心を開いてくれているような気がして、白坂は思い切って踏み切った。  「お前さ、そろそろちゃんとした方がいいんじゃねぇの?」 「ちゃんとって?」 「お前がこんなことしてるって知ったら、おばあさん、ショックで死ぬんじゃないか」  古典的なやり方だが、罪悪感を植え付けるには最適のやり方だ。  学生には案外こういう身内から見た自分というのが効く。場合によっては傷つく子供もいるらしいが、知ったこっちゃない。  しかし、白坂の思惑は予想外の形で裏切られた。奏太は大きな口で白飯をかきこんだ。ハムスターのように頰を膨らませて咀嚼する顔に先ほどのような緩みはない。 「去年死んだ」  飲み込んだ後、吐き捨てられたセリフに白坂は舌打ちしたくなった。  マジかよ、最悪だ。   「悪い……」 「別に」  空気が一気に重たくなった。  その後の会話はなく、白坂はただ黙々と弁当を食べる奏太の横顔を見つめた。  最後の一切れを食べ終えた彼は、乱暴に箸を置くと無機質に呟いた。 「なあ、シラマ。今度はいつホテル行けるの?」

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