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38.レストラン①
約束した日まで十日間あった。
それまで学校のある日は奏太は毎日白坂の準備室は訪ねてきた。引くほど丁寧に、いや、執拗に、と言ったほうが正しい。白坂を追い詰め続けた。溶けそうなほど汗をかいて、もう無理だと泣かされる。
「早く挿れたい」
奏太がそう呟くたびに生唾を飲んでしまう。
――早く挿れて欲しい。
そう叫びたなるのを堪え、ついに金曜日の夜を迎えた。
週末の繁華街ということで、駅前は人でごった返していた。待ち合わせ場所に行くと奏太はすでにいた。その姿は背伸びをしたただの学生だった。糊のきいたジャケットに綺麗な折り目のボトム。どうみても新しい服だ。
(まさか今日のために新調したのか)
その気合の入りように少し引きつつ、声をかける。
「よう、待ったか」
「いや、大丈夫……」
奏太は雑踏の騒音にかき消されそうなほど小さな声で答えた。そういえば、この男と外で会うのは初めてだ。二人きりの密室では威張り散らしていた奴だが、ここでは随分と小さく見えた。
「さっさと行くぞ」
「え、どこに?」
「店、予約してるから」
「マジっ?」
奏太が大げさに驚いて叫ぶ。大声に通行人の視線を集め、白坂は苛立った。こんなところを誰かに見られては困るというのに。
「……なに大声出してるんだよ、恥ずかしいな。連れていってやるって言っただろ」
「いや、そうだけど、本当に予約してくれてると思わなくて。……俺のために」
なんだ、こいつ。きも。
(頭の中、お花畑かよ。俺に惚れてんの? マジかよ。あんなことをしておいて)
顔を赤らめてもじもじしている奏太を置いて、白坂はさっさと歩き出した。
だいたい店を予約したのは、週末に個室を確保するためであって、食事の雰囲気を盛り上げるためではない。それを勘違いしているあたりおめでたい奴だ。
しかしこんなことならわざわざ青木を巻き込まなくても少し色目を使えば、データを取り戻せたかもしれない。
(いや……、どっちにしても面倒か)
白坂は小さく頭を振った。今更そんなことを考えても無駄だ。
着いたのは地下にある全席個室のイタリアンの店だった。薄暗い店内にジャズがかかっている。各席はカーテンを閉められ、客の顔はわからないようになっていた。しかし見る限り、圧倒的にカップルが多い。本当は居酒屋の方が好きだが、未成年を連れていくわけにもいかなかったから選んだだけだ。なのに、こいつと来たら、到着するなり嬉しそうな顔で店内を見回している。
「きょろきょろすんなよ」
「ごめん……」
店員に案内された席を見て、絶句した。ローテーブルに二人がけのソファ席がひとつあるだけのカップル席だったのだ。
(おいおい、男二人だぞ、こっちは……)
横目で奏太を見ると驚いた乙女のように両手で口を覆っている。なんだよ、そのポーズ。完全に勘違いしているが、訂正するのもバカバカしくてさっさと奥の席に座った。その隣を奏太は遠慮がちに腰掛けた。
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