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39.レストラン②
(俺はこんなガキに振り回されてんのかよ)
苛立ちを抑えきれぬまま、乱暴にメニューを取る。
「おい、嫌いなものはあるか?」
「トマトが苦手だけど……」
「わかった。じゃあ、適当に頼むぞ」
店員を呼んで、何品か注文する。ピザや肉を頼んで、ついでに酒も頼む。奏太はもちろんソフトドリンクだ。好みを聞くとコーラというので、それも一緒に注文した。その間、奏太は上着も脱がず、置物のように座っているだけだった。
二人きりになると、途端に気まずい沈黙になる。奏太は妙に緊張しており、それが伝わって居心地悪い。手持ちぶたさに煙草に火をつけようとした時、呟くように投げかけてきた。
「……俺、変かな?」
「別に普通じゃね」
変だよ、と言いたくなるのを抑えて、社交辞令で返す。奏太は膝の上で固く組んだ手に視線を落としてたとだとしく話し始めた。
「なんかアプリで会う人とご飯とかは行くけど、その時限りだし……、知ってる人とこういうデ、デートみたいなのあんま経験なくて……服とか何着ていったらいいかわかんないし……」
「お前のそういう話、興味ないんだけど」
ひゅっと息を呑むような音が聞こえて、奏太はその言葉を咀嚼するように何度か瞬いた。彼の顔が瞬く間に羞恥に染まると誤魔化すような笑みを浮かべる。
「あ……、うん。そうだよな。はは、俺、何言ってんだろ」
「俺に好かれたかったら、まず動画渡せよ」
「べ、別にシラマに好かれたいわけじゃないけど……」
これだけ全身で好意を示しておいて、口先で否定をしてくるとは、ウブを通り越してアホに見えてくる。
飲み物が運ばれてくると、奏太は乾杯もせずにコーラを一気に飲み干した。
「……だいたい、動画渡したらシラマは俺と会ってくれないだろ」
「一回ぐらいはデートしてやるよ。そこから先はお前次第だろ」
奏太は少し考えるように視線を泳がせた後、拗ねた口調で呟いた。
「じゃあ、今のままでいい」
「ふぅん」
「……嫌われたままでいい」
口を尖らせた横顔を見ると、その目に涙が溜まっていくのが見えて、ぎょっとした。
(おい、嘘だろ)
今のやり取りのどこに泣くような要素があったのか白坂にはわからなかった。彼は堪えられなくなったのか、こちらに顔を背けるようにして席を立った。
「ごめん、トイレ……」
「おい、野田」
こんなところで帰られては困る。
白坂は立ち上がろうとした奏太の腕を引くと、その頭を抱えるようにして抱きしめた。ワイシャツ越しに彼の涙が落ちたのがわかった。
「別に嫌いとは言ってねぇだろ」
死ぬほど嫌いな男にそう慰めた。
奏太は胸の中で小さく頷いた。彼の少し汗ばんだ髪に柔らかく触れる。
「機嫌直せよ、な?」
彼を抱いたままソファに腰掛けると、奏太は胸に顔を押し当てたまま、背中に手を回してきた。その腕の力が予想以上に強くて息が詰まりそうになる。
「……ッ、おい」
「もうちょっとこのままでもいい?」
「駄目だ。場所考えろよ」
「ちょっとだけ」
その姿は聞き分けのきかない子供そのものだ。
密着した身体から彼の速い鼓動が聞こえてくる。毎日のように寝ているのに、今更こんなことで緊張しないでほしい。
白坂は大きくため息をつくと、腕時計を見た。そろそろオーダーした料理が運ばれてくる頃だろう。
「十秒以内に離れねぇと帰るからな」
そう宣言すると、カウントダウンを始める。
最後の一秒を数えるまで、奏太は体を離さなかった。
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