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二丁目のホテル①
青木との作戦は単純だった。
奏太をホテルに連れ出し、薬を飲ませて眠らせる。そこで青木を呼び出して彼に”いたずら”してもらい、脅して動画を破棄させる。
教師……、いや人としてこんなやり方が正しいとは思えないが、奏太が自分で蒔いた種だ。
(俺だって好きでこんなことをするわけじゃない)
そんな風に自分に言い訳をして、奏太とラブホテルへと向かった。
昔よく行ったラブホテルは今もそこにあった。雑居ビルに挟まれる形で入り口に料金が書かれた看板がでかでかと掲げられている。
白坂は無言のまま手慣れた様子で手続きを終えると、安い部屋を選ぶ。
都心の安いラブホテルらしい手狭な廊下を抜け、部屋に入る。
改装されて壁紙はしゃれたものになっているが、間取りは昔のままだ。
「先に風呂入ってこいよ」
上着を脱ぎながら扉の前で突っ立っている奏太に促したが、彼は動こうとしなかった。もじもじとして何か言いたげにしている様子に、白坂は先回りして彼を制した。
「一緒には入らないぞ」
「そっか……」
あからさまにがっかりするな、アホ。
肩を落とす奏太に白坂は無性に腹が立った。
これから、騙してやろうというのに急にこんなしおらしい態度を見せられては困る。いつものように横暴に振る舞ってもらわないと良心が痛むのだ。
自分の勝手な都合だとわかりながらも、とぼとぼと浴室へ向かう奏太の後ろ姿を睨みつけた。
彼がシャワーを浴びている間に懐から用意していた睡眠薬を取り出した。
封を切って、白い粉をグラスの底に落としていく。
青木曰く、これ飲ませれば絶対に大丈夫というお墨付けだ。
白坂は煙草を吹かしながら、奏太が風呂から上がるのを待った。彼が浴室から出てくるのを見計らって、冷蔵庫の中にあった酎ハイをコップに注いだ。グラスの底に入れてあった睡眠薬は鮮やかなオレンジ色の液体に混ざって消えた。
やがて風呂から奏太が出てきた。彼はバスタオルを腰に巻いただけの裸同然の格好だ。
白坂が無言で酒を差し出すと、困惑気味の瞳がこちらを見上げた。
「いいの?」
「良くはねぇよ」
苦笑気味に答えてやると、彼は遠慮がちにグラスを受け取った。彼が飲む姿を緊張しながら見守る。睡眠薬は味がないのでバレるはずがないのだが、飲むのを見届けるまでは不安だ。
奏太はこちらの期待通り、喉を鳴らして一気に半分まで飲むと眉を寄せてグラスから口を離した。
「……なんかジュースみたい」
「酒初めてか?」
「うん」
そうして奏太は隣に腰掛けた。本当に飲み慣れていないのだろう。耳がほんのり赤くなっていた。残りの酒を飲み干すまで何か会話を繋げようとしたが、何も思いつかなかった。
今日何度目かの沈黙のあと、先に口を開いたのは奏太だった。
「……なあ、シラマはあの人と寝たの?」
「は? あの人って?」
「ここ来る時に会った人」
青木か。
若い頃、何度か寝たことがある。趣向が合って肌を合わせた。ただそれだけだ。白坂にとっては一緒に食事した程度の感覚だが、奏太にとってはそうではないのだろう。
嫉妬に渦巻く彼の目を見ると、そのまま肯定しても面倒な気がした。
「寝てねぇよ」
「本当? すごく仲良さそうに見えたけど。距離感ちょっとおかしかったし」
「違うって言ってんだろ」
鬱陶しくなって語気を荒げたが、奏太は納得していない様子だった。
「シラマが結婚してるのは知ってるけどさ、俺以外の男と寝るのはやめてよ」
「なんだよ、それ……」
「……病気とか怖いし。俺もシラマ以外とはしないから」
(それじゃあ、まるで……恋人になってくれと言ってるのと同じじゃねぇか)
ぎょっとして隣の男を見たが、彼は頰を赤く染めてぼんやりとした顔をしているだけだ。
「なんか眠くなってきた」
「横になれよ」
「嫌だ。せっかくシラマといるのに、寝たらもったいないじゃん」
そんな彼の意思とは正反対にその瞼はどんどん重たそうに沈んでいく。今にも落ちそうな手の中のグラスを取ると、その身体はあっさりとこちらに傾いた。
「俺……、今日……、すごい楽しみにしてたから……」
「ああ、そう」
「こういうの、初めてだったし……」
仰向けに寝かせてやると、起き上がろうと少し身動いでいた。今にも閉じられそうな瞼の奥から虚ろな目を向けてきた。
「ねえ……シラマ……、本当に一回デートしてくれるなら……動画渡してもいいよ」
「マジかよ」
もはや口調すら怪しい彼の言葉に乾いた笑いが漏れた。夢見心地の言葉に信用性などない。奏太はさらにぽつぽつと言葉を紡いだ。
「また……シラマとデートしたい……。人混み嫌いだけど……海とか……遊園地とか……そういうの……行ってみたい……」
「……」
「シラマ……、もしデートして……気に入ってくれたら……、俺と……」
白坂はとっさに奏太の口を塞いだ。彼は少し驚いたように目を見開いたが抵抗する気力もない様子で、何もしなかった。眠たそうな目でしばらく白坂を見つめた後、ゆっくりとその瞼が完全に閉じられていく。
彼が完全に眠ったのを見て、白坂は落ち着かない気分で煙草を咥えた。ライターを持つ手が震えてなかなか火が点かない。
そんな中、白坂の携帯が鳴った。相手は青木だ。
煙草を諦めて電話を取ると青木のしゃがれた声が少し苛立って聞こえた。
「おい、まだかよ」
「ああ……、寝たから入ってきていいぞ」
白坂は一瞬奏太の寝顔を見た後、平然を装うようにぶっきらぼうに答えた。
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