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二丁目のホテル②
「……遅ぇよ」
扉を開いてやると、待ちくたびれた様子の青木が部屋に押し入ってきた。こちらには目もくれず、まっすぐベッドで横たわる奏太へと向かう。
ベッドの上で仰向けで規則正しい呼吸を繰り返す彼の頰に骨ばった指がなぞられた。
「やっぱ、いいな」
奏太を見下ろす瞳はどす黒い欲望に濁っていた。下衆な笑いを浮かべた青木にぞっとして鳥肌が立つ。その乾いた指は奏太の唇をなぞっている。
「お前とやった時って何年前だっけ? 十年ぐらい前? お前まだ未成年だったよな」
ヤニのついた黄色い歯を見せて青木が笑った。
自分はこんな気持ち悪い男に抱かれたのかと思うと吐き気がした。そして奏太はそんな男に合意もなく抱かれるのかと思うとどうしようもない罪悪感に襲われた。
「悪い、ちょっと出てくるわ」
早口でそう言うと、白坂は逃げるように部屋を出た。
足早にホテルを飛び出すと、秋の終わりの冷たい風が喧騒と排気ガスに混じって頰を撫でた。白坂は向かいのコンビニに備え付けられた灰皿へと歩く。
古びたホテルのビルを見上げながら、この中にいるであろう奏太を思った。
彼はこちらの弱みに付け込んで脅して、陵辱する冷血な男だ。見知らぬ男に乱暴されても仕方ないことはしているはずだ。白坂にだって守らなければならないものがある。だから、これは仕方のないことなのだ。
そう思い込もうとしても、先ほどの何も知らずに無防備に眠る奏太の顔が頭から離れない。
どこかすがるような気持ちで煙草を咥えて、百円ライターの着火レバーに指を押し込む。
――カチッ
しかし火花が散っただけで火は点かなかった。なぜこんな時に限ってガス切れなのか。
白坂はむきになって何度も着火レバーを引いた。
――カチッ、カチッ
手元で散っていく火花が彼との思い出を運んでくる。悔しいことにどれも悪い思い出ばかりではないのだ。
嫌だと思っていたセックスがいつからか快楽を追うようになり、心の奥底で彼との行為を望むようになっていた。
丁寧な愛撫や甘えるような優しい声は決して嫌いではなかった。
……またシラマとデートしたい。
先ほどの彼の言葉を思い出した瞬間、幾度となく押し続けた着火ボタンから指が離れた。
「……無理だ」
呟きとともに煙草は唇から零れ落ち、汚れたアスファルトに転がった。
理屈ではない。
自分には無理だ。
そう確信すると手にしていた役立たずのライターをゴミ箱に投げ捨て、目の前のホテルに足早に戻っていったのだった。
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