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二丁目のホテル④

 青木が消えたあと、奏太は低く笑ってスマホをベッドに放り投げた。 「……掛けてないよ」  その言葉通り、その画面は待ち受けのままだった。写真でもイラストでもないデフォルトの待ち受けというのが彼らしいなと、白坂は関係のないことを考えていた。  奏太は寝転がったまま寂しげな目をして、こちらを見つめている。その瞳に促されるように己の罪を自白した。 「……お前のこと、ハメようとした」 「うん」  奏太は静かに頷いた。そこに白坂に対しての怒りは感じられない。口元にうっすら笑みすら浮かべて、ただただ寂しそうだった。 「変だと思ったんだよね……。シラマが俺のために……あんな色々してくれるわけないし……」  白坂は何も答えられなかった。それを肯定だと受け取ったのか、奏太の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。 「いいよ、わかってるよ……。シラマにとって俺は……俺は……」  彼の唇が震えている。おそらく奏太が言おうとしているのは口にするのも憚れるようなひどい言葉だ。白坂はそれを阻むように奏太の口に手を置いた。 「悪かったよ。ごめんな……」  それは心からの謝罪だった。  こちらを見つめる奏太の目が潤んでいる。彼は浮かんだ涙を手の甲で何度か乱暴に拭った。そして諦めたような笑みを浮かべて、大きく息を吐いた。 「もういい。……許すよ」 「……え」 「シラマを許すよ。だって、それしか道がないし。その代わり……しようよ」  こいつの頭の中はセックスしかないのか。  白坂は心底呆れた。  手を浮かして手招きしたように見えて、近づくと下からシャツの裾を引かれた。 「お前、体動かねぇんだろ」 「でもしたい」 「無茶言うなよ」  思わず苦笑いをしてしまった白坂だが、奏太は本気のようだった。 「騙されて酷い目に遭ったんだからこれぐらいいいじゃん」 「自業自得だろ」 「……シラマは俺としたくないの?」  まっすぐとこちらを見つめる奏太の視線から逃れるように、視線が泳ぐ。  したくないと言ったら嘘になる。  彼の丁寧な愛撫はいつだって白坂を夢中にさせた。  しかし、今はそれが怖かった。セックスが……というより、奏太の激しい感情が、だ。  この男はいつからこんな純情な人間になったのか。いつからこんなまっすぐに、燃えるような目を向けてくるようになったのか。考えを巡らせながら、白坂はそっけなく答えた。 「当たり前だろ」  シャツを掴む手が離され、そのつま先で腹筋をなぞられた。 「……っ」  息を詰まらせて奏太の顔を見ると、彼は食い入るようにこちらを見つめたままだった。その時、白坂は確信した。  ――最初からだ。  この男は最初からそんな目で白坂を見ていた。  奏太はいつだって溢れ出す劣情を視線に乗せて白坂にぶつけてきた。それはホテルで出会うずっと前からだ。授業中、射るような視線を向けてきたのは、一度や二度ではなかった。  それに向き合おうとしなかったのは、他でもない自分だった。 「今日準備してねぇし……」  我ながら言い訳めいていると思う。  そんな理由にもならない理由を口にして、押し倒されるのを待っている。  彼はそれを見透かすように、白坂の手を引くと自分の上へと導いた。それを抵抗するわけでもなく従って、白坂は膝をついて奏太に跨った。 「俺が解してあげるよ」 「動けねぇんだろ、お前」 「手はこれぐらい動く」  奏太はいたずらに笑うと、白坂の尻を力なく撫でた。彼はすっかり上機嫌だ。 「ねえ、脱いでよ」  そんな要望に白坂は少し迷うようなそぶりを見せたが、答えは最初から決まっている。「しょうがねぇな」なんて可愛げのないことを言いながら、白坂はシャツを床に落とした。  露わにさせた白い上半身を、獣のような鋭い瞳が見つめている。奏太が手を緩く手を伸ばすと、白坂は少し前かがみになってその手に胸を押し当てた。  ひどく緊張していた。  彼に触れられるために自分から動いたのは初めてだった。  胸に押し当てられた手のひらは撫でるようにゆっくりと胸と腹を行き来する。その一挙一動が敏感に感じて、鳥肌がたった。心臓が今にも飛び出しそうなほど暴れているのも奏太にも伝わっているだろう。それが気が気でならない。 「……シラマ」  体内から響く心音の狭間から、奏太の声が聞こえた。その声がキスをねだる甘さが含まれていることに気づいた白坂は返事もせずに唇を重ねた。  吐息を奪い合いながら互いの唇を吸って舌を絡める。もつれ合うようなキスだった。どちらともなく鼻にかけたような小さなうめき声が漏れた。  奏太の指がベルトに引っ掛けられると、キスをしたままベルトを緩めた。そしてボトムを下ろそうとした時、尻ポケットに入れてあったスマホが震えた。  その振動に驚いて身を離す。  スマホを覗くと、メッセージが届いていた。差出人は妻の紗絵だ。今、一番見たくない名前だった。 『今日、お母さん来るから早く帰ってきて』  待ち受けに表示されたメッセージを一瞥すると、白坂はそのままスマホを画面を下にしてベッド脇のテーブルに置いた。 「どうしたの?」 「……なんでもない」  何か言いたそうな奏太の顎を掴んで、白坂は噛みつくようなキスをした。誰からの連絡か、きっと奏太には気づいているだろう。しかし彼は何も言わずにキスに応じてくれた。  白坂は逃げるようにそのキスに溺れるのだった。

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