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廊下①(奏太視点)
月曜日、奏太は虚ろな目をして教室の片隅で座っていた。
あの日、ホテルからどうやって家に帰ったのかまるで思い出せない。気づいたら自宅のベッドにいて、週末はほとんど家から出なかった。
何をしていても白坂の言葉が頭にこびりついて離れない。
――俺のことはもう忘れろ
その言葉を思い出すと胸が締め付けられてうまく息ができなくなる。
あれは別れの言葉だ。
しかし、自分は白坂を破滅させる動画を持っている。また脅せばいい。
そう思うのに、なぜかそんな気になれなかった。
白坂を抱きたくないと言えば嘘になるが、今は彼の身体よりもデートがしたかった。
どこかに出かけて並んで歩きたかった。しかし、それが叶うことはない。
二日泣き続けて、奏太はようやくこれが失恋なんだと知った。
抜け殻の状態で登校し、ただ席に座っている。月曜日は白坂の授業がある。
落ち着かない気分で授業を受けたが、白坂は一度も奏太と目を合わせなかった。つい数日前にセックスした相手だというのに赤の他人よりも遠い存在に思えた。
チャイムと同時に去っていく白坂の背中を目で追った。もう今日は会えないかもしれない。そう思うとそれだけでは物足りず、奏太は席を立って廊下を出た。気がつけば少し距離を置いてふらふらと後を追っていた。
奏太は息を止めて、その背中を視線で縫い付けるように見つめた。
シラマ、シラマ、シラマ……!
こっち向けよ!シラマ!
心の中でそう叫び続けた。すると叫びが届いたのか、階段を降りようとした彼がふと足を止めた。こちらをゆっくりと振り返ろうとした時、奏太は誰かに腕を掴まれた。
「っ!」
二の腕に食い込まれた指に痛みが走る。奏太はそのまま引きずられるようにしてトイレに連れ込まれた。
アルミ製の扉を乱暴に閉められ、ようやく自分の腕を掴む人物を見上げた。……鈴井だ。
男子トイレにはすでに彼の金魚の糞みたいに付き添っている佐藤と、こういう場にはあまり顔を見せない飯田がいた。
「ああ、ごめん。痛かったか?」
鈴井はわざとらしく笑ってようやく手を離した。バレーをやっている彼は身長も体格も奏太の一回り大きい。じんじんと痛む腕をさすっただけで、奏太はなにも答えなかった。その腕を鈴井はにやついた笑いを浮かべて軽く叩いてくる。それだけでふらついてしまう。
「今度さ、飯田の誕生日パーティがあるから、お前も来いよ」
ああ、そうだ。
これが自分の日常だった。
白坂のいない生活とはなんて味気なくてつまらないんだろう。
奏太は絶望し、そしてどうでもよくなった。
「い、行かない……」
「は?」
「俺、飯田と仲良くないし」
今までだったら恐ろしくて言えない言葉があっさり口に出てくる。いっそボコボコに殴ってほしい気分だった。
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