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廊下②
「お前、酷くない? 飯田が傷つく……」
「本当に友達なら自分でお金出せばいいだろ! お前らの友情ってそんなものかよ!」
気づけば怒りを鈴井にぶつけていた。目の前の男の表情が一瞬ぽかんと表情を失ったあと、怒りが顔中に広がった。奏太は襟首を掴まれると、壁に押し付けられる。そして唾を飛ばすように目の前で鈴井が怒鳴る。
「友達がいないお前に言われたくねぇよ!」
奏太は襟首を掴まれた手を掴み返した。体が震えるほどの悔しさをその手に込めて、睨み合う。
その時、トイレの扉が開いた。
扉の向こうから現れたのは――白坂だった。
白坂は睨み合う自分たちに驚く様子もなく鋭い眼光を向けてこちらに歩いてきた。
開いた扉に警戒した鈴井たちだったが、白坂の姿を見た途端、明らかに安堵していた。
いつものように見て見ぬ振りをしてくれると思ったのだろう。鈴井が舐めた口調で声をかける。
「シラマかよ」
「なにしてんだ」
「なにもしてねぇよ。な?」
鈴井は奏太から手を離すと、馴れ馴れしい笑顔を向けてくる。彼は何も答えない奏太に小さく舌打ちしたが、さすがに白坂の手前、何も言って来なかった。そうしてそそくさとその場を立ち去ろうとする鈴井たちの進路を白坂が塞いだ。
「なんだよ」
「お前、こんなクズみたいなことして誤魔化せると思ってんのか」
「なんのことだよ」
しらを切ろうとする鈴井に白坂は呆れたような笑みを浮かべた。目が全く笑っていない。いつもとは明らかに違う威圧感を漂わせて白坂は鈴井に近寄った。その迫力に気圧され鈴井は一歩引いた。そうして鈴井を壁際へと追いやった。
「金を脅し取ったら犯罪だぞ。バレーどころか一発退学だ」
「そんなことしてねぇよ」
「無理矢理奢らせるのも同じだ!」
白坂は声を荒げた。学校でこんな怒った彼を見るのは初めてで、奏太もそして他の生徒たちも呆然としていた。身長は鈴井の方が頭一つ大きいのに、白坂の方が大きく見えた。
「……俺を退学させようってか?」
「警告だ。二度と、こいつに話しかけるな。次にお前らが話してるの見たら、『いじめ』とみなすからな」
「なんだよ、俺は野田と仲良くしちゃいけないのか?」
「そうだ。少なくとも野田はお前のことが嫌いだ。二度と関わるな」
鈴井の視線がちらりとこちらを向いた。奏太は白坂の意見を肯定するようにその視線に正面から応じた。彼は何か言いたそうな顔で奏太と白坂の顔を交互に見たが、結局何も言わないままトイレを出て行った。金魚の糞の二人もその後を追う。
生徒たちが出て行くと白坂は大きなため息を漏らした。その横顔にさきほどの威圧的な空気はない。いつものやる気のない教師に戻っていた。
シラマが助けてくれた……?
「……あの、シラマ」
まだ信じられない思いで声をかけたが彼はそれには返事をせずに、ハンカチを取り出すと備え付けの手を洗い始めた。
彼は視線を落としたまま、水道の音に紛れるような小声で尋ねてきた。
「お前、次の日曜空いてるか?」
「あ……空いてる……」
「県外でどこか行きたいところ考えとけ。新しい服はもう買うなよ」
それが何を意味をしているのかすぐには理解できず、奏太は返事ができなかった。
キュッと高い音を立てて栓が閉められた。ハンカチで手を拭きながらさっさと出て行こうとする背中を呼び止めた。
「デートしてくれるの?」
彼は露骨に嫌そうな顔をして振り返った。デートという言葉をはっきり言われたのが嫌だったのだろう。ドアを開けて外を確認した後、無愛想な顔でこちらを見た。
「……本当にこれっきりだからな」
それだけ言い残すと、今度こそ扉をあけて出ていった。奏太は呆然とその場に立ち尽くした。今の白坂の言葉が何度も何度も脳裏で繰り返され、ようやくその意味が理解できた。
叫びたくなる気持ちを抑え、喜びを噛みしめるように拳を握りしめた。
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