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52.帰り道
チャイムが鳴ってもどこか現実味がなかった。地に足がつかない気分で教室に戻る。
ついさっきまで灰色に見えていた世界が彩られていく。馬鹿みたいに単純な自分に苦笑してしまう。
授業中も休み時間もデート先のことばかり考えてなにも手につかなかった。
デート先はすぐに思いついた。しかし、先立つものが必要だ。
白坂は新しい服は買うなって言ったけれども、靴がくたびれてしまっているのが気になった。いざという時のために少し多めに現金を持っていたい。もう最後かもしれないと思うと、できる限りのことはしたかった。
放課後の帰り道に『喋るATM』に電話をかけた。
「なに、お金欲しいの」
2コール目で取られた電話はひどく不機嫌な声で始まった。彼女の背後はざわついていて、おそらく職場であることが予測できた。その機嫌の悪さに背筋が凍った。
「……そう」
「あんたさ、今月で何回目よ」
「二回目だと思うけど……」
「三回目よ」
本当にそうだったかなと思ったが、ここで言い争っても仕方ないので黙っておいた。
「まだ月半ばなのにもう三万円も渡してんのよ。あんた、パパからもお金貰ってるんでしょ?」
早口でまくしたてる声はヒステリックな女性そのものだ。
今まで、お金目的でも電話してくれて嬉しいっていうような態度だったのに、突然母親面して説教を食わされ、奏太は理不尽な気持ちになった。
「……でも、必要だから」
「電話してくるくせに、私が会おうとすると断るのは勝手だと思わない?」
舌打ちしたくなった。
自分がどうしてもお金がほしいことを見透かされているんだろうか。いつになく強気な様子だ。
しかし、今は従うしかなかった。
「……わかったよ。今、予定見るから」
「来週の日曜日にして」
「その日は無理だって!」
白坂とのデートの日だ。
思わず声を荒げてしまい、通行人の視線を集めてしまう。奏太は早足に歩きながら、声をひそめた。
「別の日にしてよ。その日以外ならいつでもいいから」
「ダメ、譲らない。だいたいこんなことになるまで会おうとしないあんたが悪いんだからね」
「それは謝るよ……」
予定があるといっているのに無理難題をふっかけて自分を困らせるためにやってるんじゃないかという悪意を感じ、母親への憎悪を膨らませていく。しかしその憎悪はもろ刃の剣だ。
電話をすればお金がもらえるという環境から、後先考えずにお金を使ってしまっていた。もう少し考えて使っていれば、こんな誘いを断ってデートに臨むことができたはずなのに。
いつの間にか母親から送られるお金に依存していた自分が恨めしい。
白坂と遊ぶためにはお金が必要で、そのためには彼女の要求を飲むしかないのだ。
「夜遅くなるけど……それでもいいなら」
「そう」
「でも本当に遅いよ」
「いいわ、待ってる」
「お金は明日までに振り込んで」
「いいけど、これで約束破ったら二度とお金渡さないからね」
「わかってるよ」
そう言ってやっと電話は終わった。
住宅地の閑散とした道を蹴るようにして歩いていく。
せっかく白坂とデートできるというのに、とんだ邪魔が入ってしまった。その日は気兼ねなく彼と過ごしたかったのに。
「……クソババア」
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