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53.列車

 * * *  翌日、いつものように昼休みに科学準備室に行くと鍵が閉まっていた。中に人の気配はない。  その翌日も翌々日も白坂は準備室にはいなかった。授業では一度も目が合わず、クラスメイトがいる前で話しかける勇気もなかった。昼休みに彼に会うという日課がなくなり、この一週間で彼は随分と遠い存在になったように思えた。  待ち合わせの場所と時間をプリントに書いて提出すると消しゴムで消されて返ってきた。伝わってはいるだろうが、反応がないと不安である。 (シラマ、本当に来てくれるのかな)  デートを了承してくれた時の嬉しさはすっかり萎んで、日曜日の朝を迎えた。  待ち合わせ時間は朝の九時にターミナル駅の改札前だった。時間の十五分も前に着いた奏太は落ち着かない気持ちで白坂を待っていた。  変じゃないかと窓に映る自分の姿を確認する。黒いシャツにジャケット、ジーンズというシンプルな格好。家を出る前に何度も見た代わり映えのない姿が映っていた。 「うす」  短い挨拶が聞こえて顔を上げると人ごみの中から片手を上げる白坂の姿を見つけた。  来てくれた。  自分の顔がだらしなく緩むのがわかった。薄手の白いニットを着ている彼は学校で見る時よりも若く見えた。 「シラマ……」 「今日はどこ行く気なんだ?」 「水族館」  鞄から入場券を取り出すと白坂に手渡した。  郊外の温泉街にある小さな水族館だ。もし高校生が水族館に行くなら近くにある手頃な場所や足を伸ばしても大型の水族館を選ぶだろう。きっと知り合いに会う可能性はほぼないと思ったのだ。  チケットを見た白坂も同じように思ったのだろう。感心したように頷いた。 「……ちゃんと県外じゃん」 「うん。特急券も予約してる」 「まじかよ。気が利くな」  はにかむように笑う彼を見て、奏太は息が止まりそうになった。 (……シラマが喜んでる)  それだけでこの一週間の不安が吹き飛んでしまう。嬉しさに胸がいっぱいになって顔が緩む。初めての恋に奏太の心は振り回されっぱなしだった。  二人は特急列車の指定席に乗り込むと、二列ずつに分かれた席に並んで座った。列車が発車してもまだ落ち着かない気分でそわそわしていると、窓際に肘をついて白坂が笑う。 「緊張してんのか?」  頷くと、白坂が肩を揺らして吹き出した。 「らしくねぇな。昨日ちゃんと寝たか?」 「あんまり寝れなくて……」  寝坊したらどうしようと不安になって夜中に何度も目が覚めて、ほとんど熟睡できなかった。白坂がずいとこちらに顔を寄せた。整髪料のいい香りにどきっとしたが、彼の表情は少し心配そうだ。 「顔色悪いぞ。着くまで寝とけよ」 「わ、わかった……」  そう言われて、寝れるはずがなかった。一応、寝たふりしながら薄目を開くと白坂はスマホで電子書籍を読んでいた。男性とは思えぬ白くて薄い手に吸い込まれるようにして奏太は手を伸ばした。  無意識に彼の手に触れてから、ようやく我に返った。 「あ……」  やばい、怒られる。  しかし白坂は何も言わず、スマホをもう片方の手に持ち替えると、奏太の手を握った。そして握った手を隠すように太ももの陰に置いた。彼の視線はその間ずっとスマホに落ちたままだった。  その落ち着き払った様子に大人の余裕を感じた奏太はますます落ち着かない気分になって眠れなくなった。でも、起きたら手を離されるような気がして、狸寝入りのまま、目的地まで目を閉じ続けたのだった。

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