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第3話
2歳になり、やっと自分の足で歩き回れる年齢になった。
妹も歩ける筈なんだけどずっと座ってボーッとしていた、マイペースな妹だ。
俺はまだ部屋から出てはいけないと母に言われているから部屋の中をウロウロしていた。
今のところ健康に問題はないから母のあの言葉の意味が分からない。
一生懸命背伸びをして小さな足がふるふると震えた。
少ししか見えない窓の外を眺めていたら庭に誰かがいる事に気付いた。
近くにあるクッションを積み重ねて窓のドアを開ける。
落ちないようにあまり身を乗り出さないように気をつけて覗き込んだ。
俺が何故そこまでして見たかったかと言うと、それが母だったからだ。
母は着物姿で白髪混じりのお婆さんと深刻そうに話していた。
もしかしてあの人が俺の祖母だろうか、ちょっと厳しそうな人だ。
母の声が響き渡り、少し驚いた…何やら揉めているように感じた。
「ちょっと待って下さい!イリヤは…あの子は必ず立派な聖騎士に…!!」
「生まれた時から医者に階級を言い渡されたでしょ、あの子は聖騎士はおろか出来損ないの魔法使いだ」
そういえば俺の名前、今まで誰にも呼ばれなかった。
メイドは名前どころか一言も喋らないし母は顔を見に来ても謝るばかりで俺の名を呼んでいなかった。
不思議に思っていたがあの時の俺は疑問を口に出来なかった。
今は話せるが滑舌が悪く上手く言葉を発声出来ないからあまり話したくなかったから話さなかった事が悔やまれる。
まさかこんなところで自分の名前を知るなんて思わなかった。
それにイリヤって…外人みたいな名前、ここ日本じゃないのだろうか。
俺が知ってるイリヤはあの生前やっていたゲームの敵の双子の兄の名前だった…でもそんな事あり得ないよな。
でも、聖騎士って……まるっきりあのゲームの話ではないのか。
恥ずかしげもなくあんな真剣に話して、冗談には聞こえなかった。
「貴女ももうあの子に期待するのはよしなさい、まだイブの方が将来聖騎士にならずとも優秀な上階級者になるのよ」
「………」
母は言葉に詰まり、下を向き何も答えなくなってしまった。
祖母はフンと鼻で笑い、母の横を通り家の中に入っていった。
イリヤ、イブ…ゲームにいたあの双子の兄妹の名前だ。
そして聖騎士…不思議な部屋…もしかしてこの部屋は魔法が掛けられているのか?
そう思っていたら急に身体が浮いたと思ったら窓から離れてベビーベッドの上に横になり寝かされた。
傍にはあのメイドが立っていて窓の外に身を乗り出そうと見えた俺を危ないと思い抱き抱えてくれたようだった。
「…おれ、いりや?」
一生懸命伝えようと上手く回らない口を動かし自分に指を差して声を出す。
メイドは喋れないのか分からないが相変わらず声を出す事はせず頷くだけだった。
それで十分分かった…俺の名前はやはりイリヤだった。
そしてこのメイドは悪役の双子の後ろに時々見かけるメイドだった、見た事があると思ったらゲームの中でだったんだな。
この世界は俺が生前やっていたゲームの世界なのだと理解した。
こんなにそっくりなのに違うと言う方が可笑しな話だ。
ゲームの世界に行けたらとは思っていたがまさか敵になるなんて……
今まで気付かなかった事が不思議だった、転生して自由な身体を手に入れて浮かれていたのかもしれない。
俺はただ普通に幸せになりたいだけなのに、始まる前から死ぬ運命が決まっているなんて…
いや、兄妹が死ぬエンディングは真エンディングだけだ…ヒロインが他の攻略キャラクターとハッピーエンドを迎えたら兄妹は何処かに国外逃亡するだけで死んではいないと思う。
そもそもゲームのような結末になるのかすら分からない。
とりあえず俺はゲームの双子みたいな悪い事をするつもりはない。
だからきっとゲームのように殺されるような事はない筈だ。
普通に暮らしていれば普通に幸せになれると思う。
見慣れた天井の模様を眺めて母と祖母の会話を思い出す。
母が俺に謝っていたのって俺が出来損ないだったからだったのかな。
少し距離があったから二人の会話はあれ以上聞けなかったが強い魔力の子に生んであげられなくてごめんねって事なのだろうか。
この世界はゲームでは魔力が強いほど社会的地位が高い。
それと同時に低いと好きな職に就けず、アルバイトくらいしか出来なくなる。
自分で会社を興せばいいが全員が出来るわけではない。
でも魔力が低い魔法使いが必ずしも不幸になるわけではない。
ゲームのヒロインは特別な力があったが、力に目覚める前からいろんな人に支えられて…辛い事もあっただろうが幸せになった。
俺だって、誰だって幸せになれるんだ…まだ2年しか生きていないのに落ち込んでいたって仕方ない。
どんな事があってもゲームの末路を辿らない、絶対に…
メイドが部屋からいなくなり再び窓を見ようとベッドの柵をよじ登り落下防止に敷かれたクッションの上に着地した。
そして立ち上がり四つん這いで数歩歩いていた時だった。
「だぁ!」
「うぶっ!」
突然後ろからなにかに突き飛ばされて地面に頭を強打する。
泣きたくないのに涙が出てきて鼻がじんじんと痛くなる。
後ろを見るとさっきまで無気力だった妹が俺を指差し笑っていた。
まだ感情のコントロールが出来ない俺は我慢出来ずわんわんと泣いた。
それを聞き無表情だが慌てた様子のメイドが部屋に入ってきて俺の涙をポケットから取り出したハンカチで拭う。
妹の手が黒いもやもやした霧のようなもので覆われているように見えたが、気のせいだっただろうか。再び妹を見たらマイペースな性格なのかもう飽きてまたボーッと壁を見ていた。
妹の手を再び見たら手に黒いのはなくなり普通に戻っていた。
やはり気のせいかと思い、俺はくまさんクッションの上でふて寝した。
ゲームの妹は聖騎士ほどではないが強い魔力を持つ黒髪ツインテールの美少女だった。
そして俺はそこまで魔力は強くないが中くらいの階級で妹と並んでも双子で分かるように美少年だったと記憶している。
窓に反射して写し出される自分の顔をボーッと眺めた。
頬を摘まんで軽く伸ばすと窓に写る顔も伸びて、こねてみても同じだった。
何度やっても同じだ、可笑しいな…美少年じゃないぞ?
…大きくなったら美少年になるのだろうか、ゲームのイリヤなら必ず…!
今の俺の顔は背景で描かれる歩いているエキストラ並みに何の特徴もなく会って数秒で見失うほど薄い顔だ。
それに低階級の落ちこぼれ………イリヤという名前の別人のような気がしてきた。
敵の幼少期の時の回想がなく、幼少期どうだったか分からない。
それどころか敵にスポットが当たった話がなくて悪い奴という情報しかなかった。
確か兄は聖騎士の座を奪うためにいろいろと汚い事をしていた。
潜在的な力だからどうする事も出来ないのに聖騎士を殺せば力が入ると信じて疑わなかった。
……そうだ、悪知恵をイリヤに吹き込み助言した男がいたんだ。
最後まで謎の男として出てきた黒いシルエットの男に唆されて…それで取り返しがつかない事になってしまった。
他の人と同じようにただ純粋に聖騎士に憧れていただけなのに…道を踏み外してしまったんだ。
そして妹は攻略キャラクターの誰かが好きだった、ルートによって想いを寄せるキャラクターが変わり恋多き少女だった。
でもヒロインと攻略キャラクターが仲良くしている事に嫉妬して兄と共に仲を引き裂いたりヒロインを誘拐したりやりたい放題だった。
お互い目的は違うけど、欲しいものを手に入れる…その気持ちは一つだった。
お互いの目的は知らないみたいでバッドエンドの一つに仲違いして誘拐したヒロインを殺しちゃうという酷いものがあった。
あんな事には絶対ならないが今思い出してもとても怖いエンディングだった。
俺がやらなくても妹が攻略キャラクターの誰かを好きになったら大変だから居そうな場所に近付かないように言っておかなきゃ…
ゲームでヒロインと攻略キャラクターが会ったのは貴族の集まりのパーティーだったと回想にあった。
貧乏な少女だったヒロインは招待されていないがこっそりと庭に入って中の様子を見ていたところを同じく幼少期の攻略キャラクターの騎士団長と騎士副団長が見つけて仲良くなっていた。
これは騎士団長と副団長と真エンディングであったエピソードだ。
俺の家は裕福そうだが行くのだろうか、あのパーティーに実は双子がいましたとか確かなかった筈だ。
一文字一文字覚えているわけではないから絶対とは言い切れないが…うーん。
もしそうなら妹に会わせないようにガードを固くしなくては…
端から見たら超ブラコンに見えそうだな、実際初妹は可愛いからな。
この世界に小、中学校がなくて高校のみの魔法学校があるってモノローグがあり高校までそれぞれの家庭で勉強を教えるそうだ。
それまで学校はお預けだなぁ……早く16歳になりたいな。
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