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第4話
しゅるしゅると襟元に真っ赤なリボンが結ばれていく。
普段は動きやすい格好だからかこういうタキシードは着なれなくて緊張する。
メイドは俺の準備を終わると早々に妹のところに行き箱から白い可愛らしいレースがふんだんに使われたドレスを引っ張り出す。
女の子の準備の方が時間掛かるからなぁとリボンを弄る。
月日は流れていくのが早くて…俺、イリヤは6歳になりました。
あれから何事もなく…というか外に出してもらえなかったからずっと家にいた。
一度部屋を出ようとドアノブを捻ってみたが鍵が掛かっていたのかびくともしなかった。
内側にはドアを開ける突起物はなく、内側からも鍵を差し込まないと開かないようだった。
…なんか閉じ込められてるようで、ちょっと怖かった…多分勝手に外に出て誘拐なんてされたら大変だからなんだと思うけど…落ちこぼれでも一応ドルアージュの子だしね。
だから今日という日がとても楽しみにしていたんだ。
双子の妹と共に社交場デビュー……初めて窓よりももっと広い広い世界を見られるんだ。
…でももしかしたらヒロイン達がいるかもしれない、そこはちゃんと警戒しよう。
大きな鏡の前に立ち最後に髪型を確認して手櫛で整える。
何だかませているように見えてちょっと照れくさかったがデビューの日に寝癖がぴょこんと顔を出したらそれこそ恥ずかしい。
シワが目立たないように服をピンと伸ばして気合いを入れる。
「…よし!」
「邪魔」
「あだっ!!」
誰かに蹴られて地面に倒れる、なんか前にも似たような事があったな。
メイドと妹と俺しかいない空間で誰にやられたなんて一目瞭然だ。
メイドと同じく無表情で俺をちらりとも見ずに鏡の前で一周回り確認してドアを開けたメイドの横を通りすぎる。
今日で妹に突き飛ばされたのは何回目だったか、数えるのが面倒になり10回から数えていない。
兄とはいえ双子だからあまり差がないからこんな事をするのだろうか。
兄貴風吹かせたいわけではない、わけではないけど俺は男だから妹を守らなくてはと思ってしまう。
それが顔に出て鬱陶しかっただろうかと自分の頬に触れる。
すると俯せで考え事をしていたら床に俺とは違う影が重なった。
上を見ると無表情でこちらを見るメイドの姿があり小さな悲鳴を上げてしまった。
メイドは何も言わないが「早く行け」と催促しているように感じて慌てて立ち上がり部屋を出た。
長い廊下が広がり同じ模様のドアがいっぱい付いていた。
目印がないと迷子になりそうだな、俺は目印になにかないだろうかとポケットを探る。
「イリヤ、何してるの?早くいらっしゃい」
廊下の向こうから母の少し焦ったような声が聞こえた。
俺は口を大きく開けて母に返事をして母のところに行こうとした。
そして振り返った時にドアにリボンが挟まってしまった。
さっき転んだ時にちょっとほどけてしまっていたらしく俺とドアの間にリボンが挟まっていた。
最後にドアを閉めたメイドは気付きポケットにしまった鍵を取り出そうと手を差し込む。
この部屋のドアはオートロックみたいで一度閉まったらまた鍵で開けなくては開かないようだ。
メイドが鍵を取り出す前に俺の腕を誰かに掴まれた。
「早く行かなくては運転手さんを待たせちゃダメでしょう」
「…え、あ…」
俺が今の状態を説明する前に母に手を握らされ歩く。
襟元からしゅるしゅると緩んでいたリボンがほどけていく。
メイドはリボンより俺達の傍を離れるわけにはいかないとリボンを諦めて着いていく。
視界に写る真っ白なドアに赤いリボンが結果的に俺の目印になっていた。
首が少しだけ寒くなったような気がして襟を掴んで、ちょっとは風を服の中に入れないようにした。
長い廊下を歩き、階段を降りたら広々としたロビーが見えた。
裕福だとは思っていたがここまでとは想像していなかった。
全てが新鮮でキョロキョロと周りを見ながら和風な老舗旅館のような玄関を出ると黒くて長い車が止まっていて黒いタキシード姿の運転手が頭を下げて扉を開けてくれた。
リムジンって言うんだっけ、凄い…当たり前だけど乗ったことがない。
後部座席に乗り込むと中はとても広くてソファーがふかふかだった。
飲み物を出されて俺は果物のジュース、妹は水、母は紅茶のカップを手に取った。
ゆっくりと車は動き出し、生まれてからずっと外という外は見た事がなく窓の外を眺める。
移り変わる景色、所々ゲームで見た事がある景色がスライドして変わる。
そして景色の奥に人一倍大きな建物が写り、生前の記憶を思い出す。
あれは確か俺と妹とヒロインが入学する魔法学校だった筈だ。
攻略キャラクターは魔法学校には通ってないからあまり学校のシーンはなかったから魔法学校について無知だ。
差別が酷い学校でヒロインがいじめられていたエピソードはあった。
今の俺も落ちこぼれだから不安だが、まだそうと決まったわけではないから今心配しても仕方ないと自分に言い聞かせる。
学校の奥に城があり、騎士団の寄宿舎があるんだよな…確か。
今日の目的地である貴族の社交場のダンスホールは城にあると母は事前に俺達に教えてマナーを守るように叩き込まれた。
テーブルマナーが一番難しくて何度も失敗してしまった。
今回は立食だからいいけどいつかのためにマナーは学びなさいと母に言われてその時は疲れとやっと解放してくれてホッとため息を吐いたのは記憶に新しい。
お金持ちっていろいろ大変なんだなとこの時初めて思った。
華やかさの裏にはいろんな努力があり奥が深い事も学んだ。
到着したら見えるから、今は夕陽に染まった幻想的な街並みを見つめる。
病室からは見えなかったこの景色を目に焼き付ける。
少し空が薄暗くなり始めた頃に車は止まり、扉が開く。
「いってらっしゃいませ」
「いっ、行ってきます!」
扉を開けてお辞儀する運転手につられて頭を下げて車から出る。
俺は目の前の美しい光景を見つめて熱い息を吐いた。
照明がキラキラと光り大きなお城が目の前にあった。
そして華やかなドレスに身を包んだ女性やエスコートする男性は別次元の人間のように思えた。
目を照明のようにキラキラと光らせて頬を赤くして興奮する。
しかし妹は俺とは違いとてもクールで顔色を変えなかった。
さっさと先に行こうとする妹を追いかけて俺は華やかな世界に一歩足を踏み出した。
これが俺の人生を大きく変える分岐点になるなど俺は知らなかった。
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