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第6話
もしかしたらヒロインと攻略キャラクターが出会うパーティーはこれじゃないかもと思った希望は見事に崩壊した。
フリード・ホワイト、先ほどの彼の本名だ。
何故フルネームを知っているのかと言うと、彼は攻略キャラクターだからだ。
俺様騎士団長でヒロインに素直になれない意地っ張りな人だと記憶している。
黒髪で綺麗な顔の少年だったが黒髪はよくいる髪色だから名前を知るまで全然気付かなかった。
もうヒロインと会った後なのか前なのかよく分からないが思いっきり関わってしまった。
しかも俺が突き落としたから恨んでいたら、ゲームのように俺は死んでしまうのだろうか。
…ヒロインと攻略キャラクターがパーティー会場で出会う話って真エンディングではなかったか?
いや、もしかしたらフリードルートでもパーティー会場で知り合ったかもしれない…なんか昔から知ってる様子だったし、ゲームでは真エンディングで明かされたけど…
でも真エンディングの確率も同じくらい高い……どうしよう、どうしたらいいんだ?…もう諦めるしかないのか?
ぐすぐずと涙を流して静かに泣いた。
もういっそのこと部屋に引きこもっていた方が皆に迷惑掛けないかもしれない。
どんどん悪いように考えてしまう自分が嫌でため息を吐いた。
草むらを踏みしめ歩く音が聞こえた。
そして下を向いていた俺の視界に俺とは別の革靴が見えた。
「これ、君の?」
そう言って目の前に出されたのはさっきフリードの服を拭くのに邪魔で脱いだまま置いてきてしまっていた上着だった。
上着を受け取りお礼を言い顔を上げた。
口を開いて呆然とその人を見つめていた。
照明に照らされてキラキラと光る銀色の美しい顔に、子供だけど将来絶対に男前になる事を約束されたような芸術のような美しい顔。
そして何より目立ったのは美しい顔に似つかわしくないほどの黒い眼帯が右目を覆っていた。
つい口から出た言葉は「…ジョーカー」だった。
美しい顔が驚きに変わり俺はしまったと口元を慌てて両手で覆う。
「なんで、俺の名前…」
「えっ、えーっと…さっき誰かが言ってるの聞いたから!」
「…そう、婆様かな」
とっさに言い訳をして信じてくれて良かった。
俺が上着を着ていないから俺の上着だと思って届けていたらしい。
ジョーカーは俺の隣に座る……なんで?
俺は出来ればゲームの攻略キャラクターとはこれ以上関わりたくないんだけど…
ジョーカー・アルバロ、それが彼の本名だ。
クールな騎士副団長で生まれた頃から右目が隻眼だったらしくこうして黒い眼帯で目を覆っている。
彼はフリードと共にヒロインに会う、それがゲーム内容だった。
会ったのかどうか気になるが俺がヒロインの事まで知っていたら怪しすぎるだろ。
とりあえず動かなければ何も起きないだろうから俺はそのまま足を曲げて縮こまる。
うっ…なんかちょっと苦しいが少しの辛抱だ。
「なんで君ここにいるの?」
「え…えっと、外の空気を吸いたくて」
「そっか、俺と同じだね…俺はあまり人混みが苦手で気分が悪くなって出てきたんだ」
「そうだったんだ」
俺の場合はパーティー会場に戻れないから庭で終わるまで時間潰しをしているだけだけど誰かといると暗くて怖かったこの場所が少し平気になって嬉しかった……それが攻略キャラクターでも誰だろうと…
フリードの時はごめんなさいの気持ちが強くてそんな事を考える余裕がなかった。
窓から見えるパーティー会場には人が沢山いるのにこの場には二人っきりみたいな不思議な感じがした。
…うーん、話題がない…何を話したらいいのか分からない。
共通の話題とかないし、ジョーカーも無言で少しの間静けさが俺達の周りにやって来る。
「…ねぇ」
「へ!?な、何?」
「君の名前は?君だけ知ってるのも不公平だな」
「そ、そうだね…俺の名前はイリヤ・ドルアージュ…よろしくお願いします」
「…うん、よろしく」
俺の名前を言っても大丈夫かと不安に思ったが確かに片方だけ知ってたら嫌だよな。
フリードにも言った方が良かっただろうか、でも今フリードが何処にいるか分からないからもしまた会った時でいいかな。
その時が俺の命日にならないといいけど…
洒落にならず乾いた笑い声しかでなくてジョーカーは首を傾げていた。
すると遠くから微かに誰かを呼ぶ声がした。
今度はジョーカーの身内だろうかと思っていたらどうやら違ったみたいだ。
「イリヤー!イリヤ何処にいるのー!?」
「母さんだ」
俺を探しに来てくれた母の声が聞こえた。
自然と声が弾む。
ジョーカーは「良かったね」と無表情ながら一生懸命微笑んでくれた。
俺は元気に頷いた。
ジョーカーは俺をエスコートするように立ち上がり俺の目の前に立った。
手を差し伸ばしてくれてしっかりと握った。
まだ、あの家の子供でいていいの?
俺はいらない子じゃないの?
謝りたい、いい子になるから…
気持ちだけが先走ってしまう、足を地面に付けて違和感に気付いた。
あれ……なんか感覚がない。
ふわふわの綿の上に立ったみたいにバランスが取れなくなる。
もしかしてずっと足を曲げていたから足が痺れたのか?
転けないように条件反射で目の前のものを掴んだ。
ゲームでは常に冷静なジョーカーの珍しく慌てたような声が聞こえた。
「えっ…ちょっ!」
「あ、足が…うわぁっ!!」
掴んでいたのはジョーカーのベルトで、離さないととは思っているが手が離れない。
そしてとうとうバランスを崩し、ジョーカーもろとも地面に倒れた。
俺はジョーカーを下敷きにしていたから痛くはなかったがジョーカーは重いだろうと顔色を伺おうとして見上げる。
あれ?なんか柔らかいけど、これっていったい…
ジョーカーの顔は驚きと羞恥で顔を赤くしていた。
俺はまたとんでもない事をしてしまったと顔を青くする。
俺が倒れた先にはジョーカーの股間があった。
見事に俺はジョーカーの股間に顔をダイブさせてしまったようだ。
しかも思いっきり口に付けていた。
ズボン越しとはいえ俺にとってもかなりの衝撃だ。
俺よりもジョーカーの方が屈辱を受けたと思い慌てて謝る。
「ご、ごめ…俺っ、その…わざとじゃ」
「……こんな、こと」
かなりショックを受けたようで顔を手で覆っていた。
俺、今度は痴漢で捕まるのか……ぐすっ…
もう一度母の声が聞こえた。
俺はいったいどうすればいいんだ。
ジョーカーも母の声がした方向を見ていた。
そして座り込む俺の腕を引っ張り立たせてくれた。
「…呼んでる、早く行った方がいい」
「俺を………捕まえないの?」
「………………それは俺達が大きくなってからな」
少しの沈黙の後、そんな事を言われた。
そっか、今捕まえても多分この世界にも少年法みたいのがあって大きくならないとちゃんとした罰は受けれないのかもしれないな。
時効は大丈夫なのか分からないが、俺はジョーカーのしたいようにしたいと思っている。
俺は頷きジョーカーにもう一度謝りお辞儀して母が待つところに向かった。
今日は謝ってばかりだ、全部俺が悪いんだけど……
でも、何だか立て続けに変な事が起こりすぎのような気がした。
何気なく手を眺めていたら、一瞬だけ黒いもやもやした煙のようなのが現れた。
それは風に乗せられ暗い闇の中に消えた。
あれは、なんだ?
手を擦ってももうそれは現れず、見間違いだっただろうかと首を傾げる。
そういえばあれ、何処かで見た事があるが何処だっただろうか。
……そうだ、妹の手にもアレがあったような…兄妹の遺伝のなにかだろうか…そんな事聞いた事がないが…
もう一度母の声がすぐ傍まで聞こえて止まっていた足を動かし走って向かう。
俺が母と別れたあの場所に母とメイドと妹がいた。
「母さん!」
「イリヤ!!」
母は俺に駆け寄ると痛いほど強く腕を掴まれた。
大人の強さで小さな腕は悲鳴を上げる。
「痛いよ」と言うが離してくれない。
母の顔を見て許してくれたんじゃない事はすぐに分かった。
鬼のような恐ろしい形相でこちらを睨んでいて怯えた。
初めて会った時の美しい母の顔ではない別人のように思えた。
「なんで貴方のせいで私がいろいろ言われなくてはならないの!?お祖母様にも…周りにも…」
「いたっ、痛いよ母さん…」
「男の子を身籠ったから産んだのに…なんで、なんで…」
ヒステリックに俺に向かって自分が今まで受けていた仕打ちをぶつけた。
お婆さんに酷い事を言われ続けて母はストレスが溜まっていた。
俺は声に出さず涙をポロポロと流した。
……こんなに母を苦しめていたなんて知らなかった…俺を産んだばかりに…
母の後ろにいる妹とメイドは何も言わなかったが「お前のせいだ」と目でそう言われてる気がした。
俺は、この世界に転生してなにか意味があったのだろうか。
……誰にも望まれない子供の俺は本当に幸せになれる?
分からない……もう、分からないよ。
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