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第2話

「さぁ。ここが今日から君が住む家だよ」 「お、おう……」 俺でも乗れるデカい車に乗せられ約一時間。着いた場所は、森に佇む館のようなバカでかい家だった。 「どうしたんだい?中へおいで」 ずっと微笑みを絶やす事無い餓鬼は、優雅な足取りで俺の前を歩く。 「ただいま」 「あ!お帰りなさいませ。アルベルト様」 「お帰りなさいませ!」 「あぁ、ただいま」 扉を開けた瞬間からずっと、度々すれ違っていくメイド達は、目の前の餓鬼に頭を下げて挨拶を済ましたかと思えば。通りすがりにチラリと俺を見て、軽くまた頭を下げていく。 その時の表情に、俺は驚きを隠せなかった。 あのメイド達は、俺を見て恐怖も嫌悪感も見せなかったのだ。 こんな汚らしい獣人を見て、頭を下げたどころか。この餓鬼みたいに微笑んだのだ。 「一体何なんだ……ここは」 ここにいる人間は、普通の人間とはどこか違う。 「いやでも、俺がΩだって分かればどうせ……」 「着いたよ。ここが僕の部屋だ」 声を掛けられれ、頭を上げる。 その部屋の扉は既に、餓鬼の執事が迎えるように開けて待っていてくれた。 「どうぞ」 少し戸惑いながらも、言われるがままに部屋の中へ入る。 まず感じたのは柔らかな絨毯の感触と、少しほっとするような優しい香り。 周りを見渡すと、最初に目に付いたのは大きなキングサイズの白いベット。窓際には大量の資料が置かれた仕事専用らしきテーブル。後は服が仕舞ってあるのだろうクローゼットくらいで、金持ちの餓鬼にしては随分とシンプルな部屋だと思った。 餓鬼なら餓鬼らしく、もっと娯楽に使える物置けばいいのによ。金だって有り余ってるくせに……。俺なんか買いやがって。 「さてと。君も好きな場所に座ると良い」 「は?」 俺が部屋をキョロキョロ見ている間に、いつの間にか餓鬼は上着を執事に渡して、さっさと椅子に腰を下ろし背伸びをしてくつろいでいた。 その顔は、先ほどよりもどこか餓鬼らしさが戻っている気がする。 「おや?どうしたんだい?」 「え。あぁいや、座れって言われてもな……」 座る場所なんてねぇだろ。ベットの上に座るわけにもいかねぇし。 「別に気なんて使わなくていいよ。今日から君もここの住人になるのだからね」 「……住人」 本当にこの餓鬼は、俺をここに住まわせるつもりなのか。 いつ発情期になるかもわからない、Ωの俺を。 「なぁ餓鬼」 「僕の名前は餓鬼ではなくアルベルトだよ。これからは君も、僕の事をそう呼ぶと言い」 「……なら、アル……ベルト」 「なんだい?」 「お前は、なんで俺を買った」 「そんなの、欲しかったからに決まっているじゃないか?」 さも当然のように答えるアルベルトだが、普通の人間は俺を欲しがらない。欲しがったとしても、何か裏があるはずだ。 もしくは、俺がΩでも問題はないとか……。 「……成程。もしかしてお前、αじゃないのか?」 「いや、αだよ?」 「じゃあなんで尚更俺を買った!?」 「だからさっきも言っただろう?欲しかったからだよ」 アルベルトの考えは全く分からない。 というか正直、馬鹿としか思えない。 「言っておくがな、俺みたいな獣人用の強制剤なんてねぇんだぞ!!俺だって嫌だが、どんだけ抗おうと発情期はどっかで来ちまう……そうなったらαのお前は理性を失って。嫌でもこんな俺を襲っちまうかもしれねぇ……そんな事にはなりたくねぇだろ」 「いや。寧ろそっちの方が都合がいい」 「……は?」 この餓鬼は、今なんて言ったんだ? 「というか僕は、そもそも君とそういう関係になりたくて買ったんだよ」 椅子から立ち上がり、ゆっくりとした足取りで俺に近づくアルベルト。 その距離はほんの数センチ。アルベルトの鼻先が、俺の胸に当たりそうなほど近くに寄って来て、思わず仰け反る俺を下からジッと見上げていた。 その綺麗なブルーの瞳には偽りなんてなく。寧ろ本当に俺を欲している様に見える。 「お、まえ……自分が何を言ってるのか、分かってんのか?」 「あぁ勿論。僕は君とセックスがしたいんだよ」 アルベルトの綺麗な顔には似つかわしくない言葉がやけにリアルに聞こえて、思わず顔がカッと熱くなってしまった。 「おや?もしかして照れちゃったかい?」 「ち、違うわ!!だいたい餓鬼のくせに、セ、セックスしたいとか言ってんじゃねぇ!!」 「餓鬼とは失礼だなぁ~。これでも十七歳だよ?」 「餓鬼じゃねぇか!!」 なかなか熱が治まらない顔を見せないよう腕で隠すも、アルベルトはニヤニヤとムカつく笑みを浮かべて俺の顔を覗き込もうとしてくる。 「たくっ。今時の餓鬼は……。知識もねぇくせに」 そうだ、コイツはまだ餓鬼。 Ωがαにとってどれだけ厄介なもの知らないんだ。 人間であろうと、獣人であろうと、αはΩのフェロモンには勝てない。その相手が獣だろうと、男だろうと、自分の意思なんて関係なく襲っちまう。 そして我に返った時。 残るのは後悔と絶望だけ。 この餓鬼は実際に経験したことが無いから、知識がないからそういうことが言えるだけだ。 本気にしてはいけない。信じてはいけない。 じゃないと、また同じことを繰り返してしまう。 「餓鬼。お前が性に興味を持つのは勝手だがな。相手は選べ。お前みたいな顔のいい奴なら、いい女くらい沢山寄ってくるだろ?」 「僕は君が良いのだけど」 「しつけぇ。あんまに俺をからかってると、殺すぞ」 勿論そこまでするつもりは無かったが、獣人の恐ろしさを思い知らせる為。口を開け、牙を見せつけながら喉を鳴らした。 「グルルルル」 人間と獣人は違う。 凶暴で、人間なんて簡単に殺せてしまう危険な存在だ。 こんな俺を抱きたいなんて、今でも思えるのか?クソ餓鬼。 「うむ~……からかっているつもりなんて無かったのだけどねぇ~。そうだなぁ……そうだ!なら、証拠を見せよう」 「……は?」 その瞬間。何故か突然俺は足を引っ掛けられ、そのままバランスを崩してしまう。 「ちょっ!?」 だが。転びそうになる前にアルベルトはすかさず俺の腕を引っ張りあげ、何が起きたのか理解が追い付かないまま、いつのまにか俺の身体はベットの上へと倒されてしまっていた。 「お前っ!なにしやがっーー」 すぐに起き上ろうとするが。それを阻止するようにアルベルトが俺の上へ跨る。 「君のその驚いた表情……とてもそそる」 ベットが大きく軋む。 さっきまで女みたいなクリッとした目で俺の事を見上げていたくせに。今は獲物を捕らえた獣のみたいな目をして、俺を見下ろしている。 「僕の本気。感じさせてあげる」 流れる前髪を掻き上げたその顔は、明らかに欲情していた。 「お、おい……」 危機感を感じた時には、もう遅かった。 「っ!!」 アルベルトの柔らかな唇が、俺の大きな口と触れ合う。 「んっ」 いきなりキスされた事に驚きはしたが。やはり餓鬼らしい優しいキス……なんて思う暇もなく、濡れた舌先が俺の口の中へ無理矢理侵入し始めてきた。 「っ!?うっ……はっ」 思わず息が漏れる。 餓鬼のくせに、俺より小さいくせに。アルベルトの舌が俺の舌をなぞるように舐めて、ワザとらしくじゅるっと音をたてながら唾液を吸い取るたび。腹の下あたりがビリビリと変な感じになって息苦しくなってしまう。 「っ、やっ、めっろ」 こんな餓鬼くらい簡単に吹っ飛ばすことも出来るのに……それが出来ない。力が出ない。 「んんっ!ぅっ」 何度も何度も角度を変えて、深いキスが繰り返される。そのたびにゾワゾワと変な感じが何度も身体を走って、全身の力を抜かれていく。 こんな感覚、俺は知らない。 発情期なんて何度も経験した。自分でヌくのだって慣れている。 それと似たような事をしているだけなはずなのに、どうしてこんなにも気持ち良くて。むずがゆい感じなんだ。 もしかして、コイツがαだからか? それとも、俺がコイツをーー。 「はぁ……凄い。キスだけで顔トロトロだね」 唇が離れ、透明な糸が舌先でプツリと切れる。 「どう?からかってるわけじゃないって、信じてくれたかい?」 温かい手が俺の頭を優しく撫でまわして、最後にもう一度。軽くキスを落としていく。 そこから数秒後。 あまりの気持ち良さに溶けていた思考が、やっと復活した。 「っ!!お、まえっ!!なっ、なにを!?」 獣人の俺が、人間にキスされた。 別に発情してフェロモンを出してたわけでもないのに。 「え?今頃そんな反応をするのかい?ふっ……可愛いね」 コイツは、俺とこんなことしてーー。 気持ち悪いと、思わなかったのか? 「な、なにが目的だ」 「目的?」 「そうだ!じゃねぇと、こんな汚い獣とキ、キスなんて出来るわけねぇだろ!!発情しているわけでもねぇのに……」 「ふふっ。寧ろ僕の方が発情してるようなものだしね。あははっ!これでは、どちらが獣なのだか分からないよ!」 なにがそんなに楽しいのか、アルベルトは突然上機嫌に笑いだす。 その顔は俺にキスをしていた時とは全然違って、またあどけない子供のよう。 だが。 俺を見つめる目だけは、未だ揺らぐことは無かった。 「そうだな。しいて言えば僕の目的は……君と番になる。ことかな」 そう言ってそのまま俺の上に被さるアルベルトを、俺は拒めなかった。 俺が欲しかったという言葉も。 俺と番になりたいという言葉も。 この餓鬼は、どうやら本気らしい。 「さてと。では君のヒートが始まるまで待っているとしようか」 「ま、マジで番になる気なのか」 「勿論!でもその前に、君の身体を綺麗にしなきゃね」 「……え」 それから俺は、突然入ってきたメイド達に連行され。風呂の中で揉みくちゃにされるのであった。

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