βだったメイドと執事に抱えられながら、俺はなんとか部屋に戻って、すぐにベットに身体を預けた。 「ふっ、うぅ……」 熱い。 脳が、全身が、溶けてしまうんじゃないかっていうくらい熱くて仕方ない。 「クソッ……嫌なのに、嫌なのに」 身体が、αを求めようとしている。 快楽が欲しいと、叫んでいる。 「はっ、ぁっ」 ベルトを外し。窮屈になっていたズボンを一気に下におろした俺は、ドロドロになっていた自分のモノを躊躇する余裕もなく握って、激しく上下に擦った。 「んっ、ふっ……はぁっ」 何度も何度も擦って、でもそれだけじゃ物足りなくて、根元を親指でクリクリしながら弄ってみたり。ヒクついた尻の穴にゆっくり指を入れてみては、中をグリグリ掻きまわしたり。 αがΩにやってるような事を、いつも不器用ながらも真似してやってみる。 その行為は、とても気持ち良かった。 まるで、犯されているみたいで。 「～～ッ！！」 快楽に溺れて吹き出す汚い俺の精液。 いつもなら、いつもだったら、これで少しはスッキリ出来ていた。 なのに。 「……たり、なぃ」 何故か今回は熱が治まらない。 何度出しても、中途半端に中に残っているみたいな。そんな物足りなさが俺を苦しめる。 「ァ、ルベルト」 そういえばこの部屋、まだ微かにアイツの匂いが残っている。 「アルベルトッ」 アイツの匂いは、どこか安心する。 優しくて、でも時々甘い。 まるで花のような香り。 「ほ、しぃ。アルベルトッーー」 コンコンッ。 突然のノック音に動揺し、一瞬で我に返る。 「ルウ。ただいま」 扉の向こうから聞こえた声は、アルベルトのものだとすぐに分かった。 発情中の俺がいるこの部屋にアイツを入れるわけにいかない。俺は口に手を当て、声を抑えた。 コンコンッ。 「ルウ」 誰もいない。ここには誰もいないから。 コンコンッ。 だから早く。どこか行け。 「ここ。開けてくれないかな？君今、ヒート中なんだろ？」 「なっ！」 「あ、やっと声が聞こえた」 クソッ。あのメイド、アルベルトに言いやがったな。 絶対言うなって言っておいたつうのに。 「ルウ。もしかしてまだ僕が信用できないかな？」 顔は見えないが、アルベルトが少しだけ落ち込んでいるのは声で分かる。 アイツは俺が心配なんだ。 こんな俺を、放ってはおけないんだ。 ただ、それだけなんだ。 「お、まえは。優しいな」 「……優しい？」 「そうだ。お前は誰に対しても平等に優しい……だから俺も助けた。ただそれだけのことだろ？」 そうだ。俺だけじゃない。 アイツは誰にでも優しくするし、困っていれば手を差し出す。元からそういう奴なんだろう。 「だから別に……俺なんかと番になる必要はないんだ……」 そんな優しさで、そんな同情だけで、番になんかなりたくない。 そんなの、俺が惨めな気持ちになるだけだ。 「もう……十分だ」 「僕の気持ち。勝手に決めないでくれるかな？」 「はっ！？？」 ガチャンと鍵を開けて、アルベルトは平然と俺の部屋へ足を踏み入れてきた。 「なっ、んで！？」 「僕が、君の部屋の合鍵くらい持ってないわけがないだろう？」 何故か自慢げな笑みを浮かべながら俺に近づいてくるアルベルトは、徐々に仕事着を着崩していく。 帽子を無造作に投げつけ、その場でコートを脱ぎ。蝶ネクタイを外してシャツを緩め、俺の隣へ腰を下ろした。 今の俺は発情期中で、密閉されたこの部屋はΩのフェロモンで充満しているはず。そんな場所にαが入れば、理性は飛んで。ただ本能のままΩを犯したいと、嫌でも身体が支配されてしまうはずだ。 なのに、どうしてコイツはーー。 「ルウ。僕は君が好きだよ」 正常でいられてるんだ。 「不思議そうな顔してるね。言っておくけど、僕はただ我慢しているだけだよ？多分一瞬でも気を抜いたら、きっと獣みたいに君を犯してしまう。けど君は、そんなの嫌だろ？」 俺の顔を優しく撫でる手が震えている。 よく見れば頬も赤く火照っていて、呼吸も少し荒い。 意識が無くならないよう、必死に抑え込んでいるのが分かる。 けどそれは……。 「俺が嫌、じゃなくて……お前が嫌なんだろ？俺を犯すのが」 「……ねぇ。もうヤッていい？」 「は、はぁ！？さっき我慢するって、まっ！ッ～～……」 俺の顔を撫でていたアルベルトの手が、胸から腹の方へなぞりながらゆっくりと降りていく。 「おや？もしかしてこの辺は弱いのかな？」 さっきまで撫でられていた時とはどこか違う。 指先一つ一つが、まるで俺の身体を堪能するように触れていく。 「ここ、気持ちいい？」 気持ち良い。 気持ち良すぎて、今にも思考が奪われてしまいそうだ。 けど。 だからこそ、これ以上は駄目だ。 「っ、だ、め、だ……やめろ」 「どうして？」 「みられ、たく……ねぇ」 αを欲しがり、欲情する俺の姿なんて見せたくない。 もう、気持ち悪がられたくないから。後悔させたくないから。後悔したくないから。 「顔、隠さないで」 「い、やだっ」 喘いでしまいそうになる声を必死にかみ殺しながら、唾液と涙でぐちゃぐちゃになった汚い自分の顔を腕で覆う。 だがアルベルトにとっては、俺のその行為が気に食わないようで。胸や腹を触っていた手をさらに下へ這い寄らせながら、大きく膨らみ反り立っていた俺のを握った。 「ッ！！～～」 これはマズい。 たった一瞬触れられただけで、達しそうになってしまった。 「なっ、んだっ、これ……」 さっきまで自分で触った時とは全然違う。 気持ち良すぎて、刺激が強すぎて、目の前が涙で滲んでいく。 触り方がうまいとか、きっとそういうんじゃない。 求めていたモノがやっと手に入ったみたいな、そんな満たされた感覚に俺の身体が反応してしまっているんだ。 「うっ、んんっ！んっ！ッーー！！」 俺のを上下に擦っては、時々煽るようにギュッと少し強めに握って、指の腹で先っぽをなぞってくる。 たまらない。 「もっ……と。中に……」 「欲しい？」 「ほ、しぃ」 そう言って、アルベルトの背中へ腕を回そうとした瞬間。 あの時の光景と、重なってしまった。 ぐちゃぐちゃと卑猥に鳴り響く水音。荒い息遣い。俺の精液と唾液でベトベトになっていくベットと身体。 今の俺は、あの時と同じ。 フェロモンを出してαを惑わせる、汚れた獣のΩ。 もし発情期が治まって、アルベルトが正気を取り戻し。この惨状を見たらーー。 「やっぱ、だめだっ」 「……ルウ」 「ぉ、れは。もう。きらわれたく、ないっ」 腕を下ろして、再び顔を隠す。 怖い。 見るな。 触るな。 近づくな。 もうこんなのーー。 「ぃ、や、なんだ」 違う涙が勝手に溢れてくる。 情けない。 こんな図体してるくせに、人間の餓鬼相手にこんな無様な姿を晒す事になるなんて。 「もういい。はやく、でて、いけ」 アルベルトに背を向けて、ワザと冷たく突き放そうとした。 なのに。いきなり強い力で手首を掴まれたと思った途端、力の入らない俺の身体は一瞬ですぐにまた仰向けにされ。そのままアルベルトに跨れてしまった。 「おまっ、え」 「ねぇルウ。僕はね、君があそこで売られていた頃からずっと気になっていたんだ」 「……え？」 俺の胸に顔をスリスリと擦り寄せるアルベルトは、顔を真っ赤にしながら、拳を強く握りしめて意識を失わないように踏ん張っている。 「獣人のΩというだけで罵られ、誰からも買われる事無く。いつも一人檻の中にいた君を、僕は最初助けてあげたいと思った。きっと凄く寂しくて、泣きたいのを我慢しているはずだと思った。けど……」 けど？ そこからアルベルトは、言葉を詰まらせたように黙り込む。 もしかして何か言いにくい事なのだろうかと思い、肩を掴んで揺さぶってみようとした瞬間。 突然アルベルトは「ぶっ！」と口から吹き出し。何故かクツクツと笑い出した。 予想もしなかった反応に、流石の俺もクエスチョンマークしか出て来ない。 「ふふっ。あぁごめん。だって君はさ、僕が思ってたより全然強くてビックリしたんだもの」 「俺が、強い？」 「そうだよ。一人でも平気な顔して、商人達にも反抗的で、商品として出された時もずっと僕達αを敵を威嚇するみたいに睨んでて……僕が今まで助けてきた人達とは全然違っていた」 顔だけを上げて、アルベルトは俺に愛情に満ちた眼差しを向ける。 「きっと君は、何もかもを恨み憎んで生きてきたんだろうね。そういう人達くらいなら僕も沢山見てきた。けれど君だけは、それでも誰かに優しかったんだ。君は無意識かもしれないけど、他の奴隷を助けたりしてたよね？今日もメイド達の手伝いをしていたようだし」 「っ……一体、いつから見てたんだよ。お前」 「僕はずっと前から君だけを見ていたよ」 心臓が激しく鳴り響く。 これは発情しているせいじゃない。 この心臓の高鳴りはーー。 「僕はね、そんな君が素敵だと。綺麗だと思ったんだ。誰も信用していないはずなのに、誰も信用したくないはずなのに。誰かを助け。一人でも強く生きていこうとする。そんな君の姿が……愛しいと感じたんだ」 「ぁ、ある、べるとっ」 ゾクゾクッと身体が震える。 たまらなくなった感情が、涙として溢れ出てきた。 ずっと欲しかった言葉。 ずっと欲しかった温もり。 もういいのか？ こんな俺が、誰かを求めてもーー。 「ねぇルウ。αとしてじゃなく。ただのアルベルトとして、君を抱いていいかな？」 その問いに、俺はそっと口づけだけをして答えた。