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第7話
短くきっちり整えられた黒髪に、切れ長の目。そしてあの時から変わらないいつもの黒スーツに白いグローブ。
忘れたくても忘れられなかった男が、今目の前に居る。
「ん?ルウは、東堂 さんと知り合いだったのかな?」
俺がその男の名前を口にする前に、後ろに立っていたアルベルトが不思議そうな顔をして問いかけてきた。
確かに。ずっと一人で生きてきたはずの俺が、日本人の男と知り合いだなんておかしいと思われても仕方ない。
でも、どう答えたら……。
「あぁ、私が獣人好きだからね。彼にも一度顔を合わせたことがあるのさ。ねぇルウ」
鋭い眼差しが、俺に話を会わせろと言っている。
「あ、あぁ」
なるべく目を合わせず、俺は無愛想にそう答えた。
東堂との事は、今ここで話す事でもないしな。
「……そうでしたか。東堂さんは獣人がお好きなのですね」
「勿論。だから今もこうして獣人を側に置いている」
「っ!獣人……をだと?」
扉で隠れて見えなかったが、東堂の隣には俺と同じ狼型の獣人が立っていた。
ただその見た目は、俺とは正反対で真っ黒な毛並。
体格や顔つきはほとんど一緒だが、その立ち振る舞いは俺の苦手なタイプでチャラそうだ。
「へぇ~~?もしかして旦那、コイツが例のΩの獣人っすか?」
どこか馬鹿にしたような言い方に、つい眉間に皺を寄せる。
「ジル。お前はαだからってΩを下に見過ぎだ」
「だってそうでしょ旦那。Ωなんてαに犯される為だけの生き物。ま、獣人の俺でもこんな奴抱きたくないっすけどねぇ~」
ジルとかいう獣人の言葉に、ずっと忘れていたα達の言葉が、次々と脳裏に浮かんできた。
ーーあんな獣。
ーー気持ち悪い。
ーーヒートなんて起こしたら。
ーー抱きたくもない。
ーー誰があんな。
ーー人間が、獣人相手なんかに。
「僕の番を侮辱するのなら許しませんよ?そこの獣人」
今まで聞いたことのないアルベルトの怒りに満ちた声に、忌々しいα達の言葉が消えていく。
「アルベルト……」
そうだ、今はこんな俺を見てくれる人間がいる。
俺を番にしたいと言ってくれるαがいるんだ。
「……はっ!気持ちいわりぃ人間だなぁ~。Ωの獣人を番にしたいだなんて!」
「ジル。行くぞ」
「っ……チッ。分かりましたよ旦那。あ~あ、つまんねぇの」
「じゃあまたな。ルウ」
東堂は俺とアルベルトに向かって軽く頭を下げると、ジルとかいう獣人を置いていくかのようにスタスタと立ち去ってしまった。
「ふぅ~~……ごめんね?ルウ」
「なんでお前が謝るんだよ」
「嫌な思いさせたからね」
寧ろアルベルトのおかげで、俺は嫌な思いをせずに済んだというのに。やっぱりコイツは優しいすぎる。
だからこそ、俺が早く強くならないと駄目だ。
アルベルトに守られてばかりじゃいけない。番になりたいと思うなら尚更だ。
「これくらい、自分でケリつけねぇとな」
東堂は最後、俺に向かって「またな」と言った。
ということは、どこかで絶対俺に会いに来るつもりだ。
ならその前に、自分からこの過去を断ち切ってやる。
と、意気込んだものの。
いつもなら仕事で一日いない日もあったアルベルトが、何故かずっと家にいる。
「なるべくなら、アイツにバレないようにしたかったが……」
コソコソしている方が感付かれる可能性もあるし、ここは逆に。
「ちょっと買いたいもんあるから、出かけて来ていいか?」
不審がられないようにいつもの調子で、何気ない感じでアルベルトに聞いてみる。
その顔は、不機嫌丸出しだった。
「買いたいものね……分かった。僕もこの仕事を終えたら着いていこう」
「え!?いや、すぐ終わるから俺一人で十分だ」
アルベルトの顔が、さらに不機嫌になっていく。
「もし君が外でヒートを起こしたらどうする?誰が君を助けるんだい?」
「そ、それは……」
「君は僕の番なんだ。もしヒートを起こして、他のαにうなじを噛まれでもしたら……」
「っ……」
アルベルトは純粋に俺の心配をしている。
人間のΩなら、もし外で発情期が来たとしても抑制剤を打てばなんとかなる可能性もあるが。獣人の俺にはそんな薬はない。
だから本当は、俺一人で外に出るのは危険な行為なんだが……。
「お前は、俺が信用できねぇか?」
「……」
ワザと意地悪な言い方をした。
案の定、アルベルトは口を尖らせたまま何も言わない。
これは、帰った後の方が不安だな。
「じゃあ、行ってくる」
アルベルトが口ごもっている間にさっさと部屋を出ていこうとする俺を、小さな声が背中を押す。
「気を付けて」
その時俺は決意した。
帰ったら絶対、アルベルトに告白すると。
「行ってきます」
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