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第9話

熱い。 全身が、ドロドロとした気持ち悪いものに触れられて、ゾワリと震える。 アルベルトに触れられた時とは全然違う。 優しのかけらもない。意味を持たないただの行為。 嫌だ。 止めろ。 気持ち悪い。 ーーあぁそうか。 今の俺と同じように、東堂も俺の事を好きじゃなかったから。きっとこんな感情を抱いたんだ。 「んっ、あ?」 「おっ!やぁ~とお目覚めっすか?Ωの獣人さん」 瞼を開けてすぐに視界に入ったのは、黒い狼の顔。 すぐにでも突き飛ばしたかったが、両手首には手錠がかけられており。鎖はベットに繋がれていた。 つまり。今の俺には身体を起こすことも、抵抗することも出来ない。 最悪な状況だ。 しかも。 「ぅ、あっ」 シャツのボタンは引きちぎられ、ズボンとパンツは既に脱がされており。俺のアレは我慢汁を垂らしながら、大きく起ち上っていた。 寝ている間に触られていたのだろう。夢の中の不快感がきっとそれだ。 「はなせっ」 「ヒヒッ!こ~んな勃起しといて、よくそんな目が出来ますなぁ~」 「ッ!!」 ジルの大きな手が俺のを掴んで激しく擦りながら、精液で濡れた指が俺の中へと侵入してくる。 アルベルトの優しい手とは違う。 乱暴で、雑で、気持ち悪い。 それなのに、俺の身体はどんどん熱くなって。息が乱れていく。 どうして今来た? どうしてこんな時に限って、発情期がーー。 「ほぉ~どうやら薬が効いたみたいだな」 「く、すり?」 俺のフェロモンに当てられ始めたのか、東堂は少し顔を赤らめながら液体が入った小さな瓶を俺に見せてくる。 「これは裏で出回っているΩをヒートさせる薬だ。普通なら二滴使えば十分なのだが、君は人間ではないからな。試しに多めに使ってみたが、どうやら効果はあったようだな」 「なに、する……つもりだ」 「私はもう君を手放したくないだけだ。しかしその為には、君を私から離れられなくしなければならない」 「まさか、おれを、番に、する……つもりか」 「あぁ。だがその相手は私ではなく、そこにいるジルにやってもらう。やはり私には君を番にする勇気はないからね」 「……はっ、なんだよそれ」 結局コイツは、俺を好きにはならない。 それなのに、側には置いておきたい。 だから変わりに、自分が飼っている獣人に俺を番にしてもらう。 ふざけやがって。 東堂の餓鬼みてぇな我が儘のせいで、俺は好きでもねぇ奴と番にさせられるってのか? アルベルトの方がよっぽど大人じゃねぇか。 「この……ヘタレ、やろうがぁ」 「どうとでも言うがいい。さて、流石にフェロモンに耐えられなくなってきたな。私はこの部屋を出る。後は任せたぞジル」 「……分かってますよ、旦那」 俺の目の前にいるジルは、既にフェロモンで目が据わっている。 このままだと、本当に俺は。 「いいよなぁお前は」 東堂がいなくなった途端。ジルは下を向いて動かなくなった。 「……どういう、いみ、だ」 さっきまでのチャラついた感じが嘘のように、ジルはギリッと歯を噛みしめながら、潤んだ瞳を俺に向けた。 「お前は旦那にも求められて、そしてあのアルベルトとかいう坊ちゃんにも必要とされてる。それはやっぱお前がΩだからか?俺もお前と同じΩだったら、旦那に少しでも興味を持ってもらえたのか?」 「お、まえ……アイツのこと」 「まぁでもそうだよなぁ~。α同士じゃ番にもなれねぇし、俺は旦那の嫌いな獣人で男……。こうやってお前を番にする為だけのただの道具にしかなれねぇんだよな俺は」 一人で悩んで、勝手に自己解釈して、自分も東堂さえも信用することが出来ないジルの姿は、まるで自分を見ているようだ。 「だめだっ、そろそろ限界だわ。別にお前に興味はないけど、旦那の為に番になってもうよ。Ω」 あぁ、なんだ。 あの時の俺ってこんなにも…………めんどくさい奴だったのか。 「オイお前。東堂にその気持ち伝えたことあんのか?」 「……は?」 「自分の気持ちぶつけたことあんのかって聞いてんだよ!!」 「な、なんだ急に……んなもん言ったところで旦那は」 「勝手に悩んで、勝手に解釈して、勝手に自己嫌悪になってんじゃねぇーー!!」 怒りの勢いに任せて手錠をぶっ壊した俺は、そのままジルの顔面を思いっきり殴りつけた。 「っ~~!!いってぇな!!」 どうやら俺に殴られた痛みで、ジルは少し目を覚ましたらしい。 俺も湧き上がる怒りの感情を吐き出して、欲情に溺れようとする身体を必死に抑え込む。 「テメェな~~好きなら好きって言いやがれ!!自分を見ているみてぇで腹が立つんだよ!!」 「はぁ?知るかよそんなん!」 「言っとくが、テメェが何もしない限り。アイツはお前の気持ちには絶対気付かねぇ。ずっと何も変わらないままだ」 「っ……それは、そうだろうけどよ」 「それに。こんなΩのフェロモンなんかに負けて俺を犯すより、当たって砕けた方が後悔しねぇだろ?」 俺の言葉に反論できくなってしまったのか、ジルは拳を握りしめたまま項垂れて動かない。 俺も東堂も、後悔だけを引きずって生きてきた。 だからアイツはこんな事をしたんだろう。過去をやり直したくて、心にずっと引っかかっているものを取り除きたくて。 でも、今の東堂に必要なのはもう俺じゃない。 きっと別の誰かじゃないと駄目なんだ。 だからこそ、コイツだけでも自分が後悔しない生き方をしてほしい。 そして東堂を、過去の後悔から助けてやってほしい。 「任せたぞ。αの獣人」 「……お前」 「なっ!!どうしてここに!!やめっ、うわっ!!」 突然大きな声と物凄い音が聞こえて扉の方へ目を向けると、冷や汗を流して床に尻餅を付いている東堂と、その東堂を殺意丸出しの目で見降ろすアルベルトが立っていた。 しかもその腰には剣が刺さっている。明らかに戦闘する気満々だ。 「やっぱ呼ぶのは止めたほうが良かったか?」 「な、なに?ルウ貴様!いつアルベルトを!」 「あぁ。前に俺専用のスマホを貰っててな。眠らされる前に着信だけして放置してたら会話も聞こえるだろうし。すぐに駆け付けに来てくれるだろうな~と思ってたんだが……寧ろ殺しにかかって来てるな……これ」 「当たり前だよ。だって彼は僕の番を取ろうとしたんだからね」 「ひっ!!」 「アルベルト!……すまねぇ。これは俺のミスだ。だから東堂の事は見逃してやってくれ」 「……ルウ」 「今はそれよりも……早くお前の家に帰りたい……流石にもう、キツイんだ」 さっきまで感情に任せて乗り切っていたが、アルベルトの顔を見た途端。安心したせいか身体が一気に熱を取り戻し。今すぐにでもαに犯されたがっている。 でもその相手は、やっぱりアルベルトがいい。 だから。 「帰ろう。アルベルト」 「……分かったよ」 仕方ないと溜息を吐きながらもアルベルトは殺意を消した。 俺もベットから起き上って、自分の足でアルベルトの元へ行こうとしたが、身体が言うことを聞いてくれない。 結局ふらついて倒れそうになる俺の身体を、アルベルトが支えてくれて。重たいであろう俺の腕を肩に回して歩いてくれた。 そしてなんとか扉の前まで来た俺達を、尻餅を付いたまま東堂は悔しそうに拳を握りしめ、睨みつけてくる。 その視線に、アルベルトは抑え込んでいる感情を剥き出した。 「次は……ないですから」 だからもう、二度と近づくなと。そういう意味も含めて言ったアルベルトの言葉に、東堂の目は失意していた。 本当は俺も「過去の事に囚われてないで、今を見て生きろ」とでも言ってやりたかったが……。 きっとあの獣人がいれば大丈夫だろう。 それよりも今は早く、俺はアルベルトの腕に抱きしめられたかった。

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