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#2-2
ジキルがたしなめるようにメイ、と名を呼んだ。応えずメイは真っ直ぐに、ほとんど睨みつけるようにクレアを見つめている。
クレアは大仰な舌打ちと共に銃を下ろした。
「どの道、お前もしばらくここから出せねえ。ウイルスが撒き散らされちゃ困るからな」
本当に面倒なことだ。
ここに入ったからにはメイもウイルスの温床状態で、自身は感染しないにしろ、アルファとの接触で獣人病は広がってしまう。
外に出られるようにするには滅菌処置が必要だが、今この施設に所員はクレア一人で、それを行うには難しい状況だ。
メイは施設内に幽閉するしかない。
ひとまず独房にメイを放り込み、クレアは一旦所長室へ戻ることにした。
メイは「コイツと同じ檻に入れろ」と喚いたが、二人で脱走でも企てられたら事だ。無視してジキルの隣の独房に入れ、しっかりと施錠する。
「変な気を起こすなよ」
銃をちらつかせて改めて念を押してから、照明を落とし、喚く声を背に扉を閉めた。
一人になった途端、どっと疲労感が押し寄せる。
厄介なことになったという焦燥感もあるが、今は休みたい気分だった。
あのメイというクソガキは何かを企むタイプには思えなかったし、どちらにしてもあの中では何も出来まい。
簡素な寝台に横たわり、クレアは目を閉じた。
早くこんな役目は終えて自宅のベッドで深く眠りたい。もう半年以上帰っていない一人の部屋が懐かしかった。
しかし、睡魔を押し退けて人の声が鼓膜を叩いてきた。
扉の向こうから、この施設内でおよそ発せられたこともないような明るく能天気な声音。
壁越しにジキルに話しかけるメイの声に違いなかった。
しばらく耐えたが、十分ほど経っても声は止まることを知らず、ラジオでも流しているかのように延々と響き続けている。
内容までは聞き取れないが、どうでもいい話ばかりしているに違いないとは思った。時折笑い声すら混ざるのだ。
やがて堪忍しきれなくなったクレアは薄い毛布を寝台に叩きつけた。
「うるせんだよッ!」
扉を開け再び照明を点けると、案の定、ジキルのいる方を向いて、鉄網に張り付くようにして座っているメイの姿があった。
「俺だって寝るんだ、静かにしろッ」
「ああ、すまない、看守さん……ちゃんと私から言って聞かせるから」
「俺を黙らせたきゃオッサンと同じ檻に入れろ! 朝までだって喋り続けるぞ、俺は!」
毛むくじゃらの両手を宙に浮かせ、おろおろと言うジキルと、ここぞとばかりに鉄網を掴みガシャガシャ鳴らしながら吠えるメイ。
どっちがケモノだかわかりゃしない。
クレアは目尻を吊り上げたまま、懐から錠を取り出しメイの独房を乱暴に開けた。
「静かにしろよ、逃げようとか考えるなよ、いいか、大人しくしてろよ!」
骨ばった片腕を掴んで引きずり出したメイを隣にぶち込む。突き飛ばされた細く軽い身体を、中でジキルが受け止めた。
苛々と鉄網の扉を施錠するクレアに、メイは憎たらしくニヤリと笑いながら「看守さん、話わかるじゃァん」と片手を振った。
今度こそ眠ろう、とクレアは頭から毛布を被る。
怒鳴ったためか、頭に血が上っていて脈がうるさかった。意識してゆったりとした呼吸を繰り返すも、一度蹴り飛ばされた睡魔は再訪にやや時間がかかっているらしい。
埃っぽい匂いで肺を満たされながら何度目かの寝返りを打ち、羊でも数えようかと思いながら頬を掻いたところで、クレアの聴覚が再び異様な音を捉えた。
「……ぁ、あ……っ」
鼻にかかった、吐息混じりの高い声。
明らかに嬌声だ。
抑えようという気さえほとんど感じられない、垂れ流しの喘ぎ声。
クレアは暗闇の中で一人、目を見開いた。
ーー嘘だろ。信じられねえ。
いつ理性を失って自分を殺すとも知れない、獣人病のアルファと。
仮にも国の造った隔離施設に単身乗り込んできた、頭のおかしいオメガのガキと。
こんな状況で、こんな場所で、なぜセックスが出来る?
「あぁ……っ、んっ、ふ……」
このところ獣人の唸り声ばかり聞いているクレアの耳には、甘ったるく上擦ったメイの声は非現実的にすら聞こえた。
やめさせたい。今すぐに。二発ずつぶん殴って、朝まで目覚めないように沈めてやりたい。
しかし、今行ったら半分獣人のオッサンと見窄らしいガキの交尾とかいう、見たくもないものを見てしまうことにならないか。
その思いが、クレアの身体を寝台から動けなくさせた。
「……ジキル、ジキルっ」
相手を呼ぶその声の必死さに、思い切り眉根を寄せ、息を詰め。
切羽詰まった情事が終わるまで、両手で強く耳を覆いながら、クレアは結局寝台を降りることは出来なかった。
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