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#3-2

ダリの唇が慄きながら僕の名前を口にした。 硬く低められた声は、しかし冷たくはなくて、信じがたい光景に目を疑い怯えているだけなのだ、と僕に教えてくれた。 目が徐々に光に慣れてくる。 この世の煌めきを集めて紡いだような淡いハニーブロンド、深いエメラルドの瞳。魘された悪夢の狭間に幾度となく見た、天使のような姿。 そこには確かにダリが立っていた。 幻かと思うほど美しかった。 「ずいぶん……ワイルドになったな。イメチェンか?」 散々言葉を彷徨わせたあとでダリはそう言った。 頬を引き攣らせながらも、笑みをつくってくれようとする。それだけで僕は泣きそうなほどの安堵を得た。 僕と同じくらいの背丈だったはずのダリが、見下ろすほど小さくなっていた。 ダリが後ろ手に扉を閉めると、室内は再び暗くなる。僕の家の勝手を知り尽くしたダリは壁のスイッチを押して照明を点けた。 人工的な明るさの下、僕の恐ろしい容貌が晒け出される。全身を覆う黒いごわついた毛、歪に変形した手足、落ち窪んでぎらぎらと光る目に、剥き出しの牙。 自分の身体を見下ろし、僕は後悔の念に駆られた。 ありえない。いくらダリが優しくても、こんな姿を受け入れてくれるなんて。 会うべきじゃなかったーー友情を失ってでも、追い返すべきだったのに。 ダリは少し距離を保ったまま、そんな僕を頭のてっぺんから裸足の爪先まで何度も視線を往復させて、じっと見た。 羞恥よりも畏怖に近い気持ちに押し潰されそうになりながら、僕はその視線に耐える。 「本当に、どうしてそんな姿になっちまったんだ……?」 わからない、と言おうとして、唸り声を漏らしそうになる口を慌てて塞いだ。 喋れるのかどうか、思うような発音が出来るのか、試していないから定かではない。会話が出来る可能性はある。 でも、これ以上無様なところをダリに見せたくなかった。 動物の吠え声しか出せないのを聞かれるくらいなら、喋れないと思われるほうがよほどましだった。 首を横に振ると、思った通りにダリは察してくれたのだろう。肩を竦めて少し俯き、ーーふと、床の上の一点を見つめたまま、ゆらりと足を踏み出した。 部屋の一角まで進んで屈み込む、その伸ばした手の先にあったのは、僕が錯乱のうちに破り捨てた、ダリの結婚式の報せだった。 しまった、と思ってももう遅い。 親友の結婚を純粋に祝うことが出来ず、湧き上がる感情のままにその報せを引き裂いたことを、本人に知られてしまうなんて。 この姿だけではない、心までダリが思うよりずっと醜かった僕を、今度こそダリは見損なうだろう。離れていってしまうだろう。 散らばった紙片のひとつを拾い上げ、しばらくのあいだ見つめていたダリは、やがてそれをくしゃりと手のひらで握り潰した。 床に落として立ち上がると、金糸の髪を揺らして振り向き、僕を正面から翠色の瞳で射抜いた。 「結婚式の前に、どうしてもお前に言いたかったことがある」 どくん、と心臓が大きく打つ。 さっきまで何か違う生き物のようだった僕の心臓は、ダリの顔を見てから落ち着いて左胸に納まっていた。それが再び暴れ出す気配がする。 透き通るような白い肌、瞬くたびきらきら輝く睫毛。 ダリの歩幅で一歩ぶん、それが近くなる。 「カイトが好きだ」 厳かな水面に小さな小さな波をたてる、一滴の雨粒のように、ダリは言った。 「ずっと好きだった。カイトが俺を好きだったことも、知ってる」 水面の円がひとつふたつと重なって、ダリはもう一歩、僕へと近づいた。 僕はそこから動けず、糸の切れたマリオネットのように、ただ見つめてくるダリの目に応える。 「知ってるのに、俺は……家のための結婚を、拒むことが出来なくて。お前を傷つけた。一生許してくれなくていい」 手の届くところまでダリとの距離が縮まって、僕は、離れなければと思うのに。動けないまま、今度こそ幻を見ているかのような気持ちで、すっと持ち上がるダリの手を避けることもしなかった。 「どうしてもこの気持ちだけは伝えたかったんだ。身勝手で、ごめん。ごめんな、カイト」 ダリは僕の胸のあたりにそっと触れると、思い切ったように勢いをつけて、一気に距離をゼロにした。 化け物のような背中に腕を回される。 ふわりと甘い匂いが鼻腔を擽り、その瞬間、腰がぞっとするほど重く疼いた。 ダリから告げられた想いが、信じられなくて、嬉しくて、細い身体を力の限りに抱きしめ返したいのに。 僕は獣の本能を悟る。 逃げてくれ、ダリ。僕はもう正気でいられない。このまま心まで野蛮な獣となってしまうのだ。 ただ欲望に従って涎を垂れ流すばかりの、僕ではないなにかに。しかし、その欲望とは、紛れもなく僕のものなのだ。 きっと僕はダリを求めてしまう。この鋭い牙と爪をもって、君を永遠に征服しようとするだろう。そうなる前に逃げてくれ。自分では止められないんだ。 僕の中の人間が叫んでいる。しかし声になることはなく、僕はチカチカと点滅し始める視界の中に、見上げてくるダリの美しい顔をみとめた。 「カイト」 見た目の割に粗雑なところのあるダリが、少し悪戯っぽく笑う。 「どうして、そんな姿になっているのかわからないけど……かっこいいな。好きだよ」 ダリはなぜか、全てをわかっているような目をしていた。泣きだしそうな、それでいて何もかもを受け入れ、包み込むかのような。そんな目に僕を映していた。 「カイト。このまま明日が来たら、俺は他の男のものになっちまう。愛してもいないアルファの番にされちまう。どうか……その前に」 獣とヒトとはキスが出来るか。 答えはイエスだ。ダリが証明した。 「俺を傷物にしてくれないか」

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