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とある日の終業後
とある日の終業後 ――
いつものように更衣室で着替えを終え、
幸作と共に廊下へ出たとき ――
『―― 副社長が怪しいんだって』
女子社員らのそんなひそひそ話が2人の耳に
飛び込んできた。
女子社員達は給湯室にいるようだ。
『何かさ。会社のお金、
かなり使い込んでるらしいよ』
『じゃあ、専務や常務も一緒に?』
『一族だもんねぇ』
こっそり立ち聞きするつもりはなかったが、
驚きに目を見張った。
『どうやらね。それだけじゃないらしいよ』
『まだ何かあるの?』
3人のヒソヒソ声は
もう2人の耳に届いてこない。
律と幸作は目配せし合ってそっとこの場を離れた。
*** *** ***
「―― ええっ!! アクトが乗っ取られるかも
知れないんですか?!」
そう驚きの言葉を発すると、
1階の通用口から出るところで合流した
マネージャー咲坂が神妙な面持ちで言葉を続ける。
「キミ達も知っての通り、アクトの株式は創設当初から
非公開だ。一般公開して妙な株主が力を持ったり
して、いらぬ争いを起こさせないようにとの措置
だったのだが。実は今回その対策が裏目に出て
しまった」
「――――」
咲坂の説明によれば ――
株式会社”アクト”を創設したのは
神楽社長の曽祖父・神楽 慎之介と
その友人である、桜羽一朗氏・世良和之氏の3名で
代々神楽家が代表取締役社長として認められて
来たそう。
最初は株の50%を神楽家が、
25%ずつを桜羽と世良が保有していた。
そして戦後になって社の民主化が進んで
社員にも株を持たせる事になった。
その結果、我が社の持ち株比率は神楽が30%、
桜羽・世良の両家が18%ずつ、社員持ち株会が
34%となって現在に至っている。
「―― ところがだ、その18%の株を持つ桜羽家が
政商として悪名高い深大寺虎造に全株を譲り渡して
いた事が判明した」
「「 え、ええーーっ!!」」
「あの深大寺に、ですか?!」
「2年前、アメリカの軍事工場絡みの汚職事件で
有罪にこそならなかったものの、大物政治家が絡んで
いると目される事件では、必ず名前の挙がる限りなく
黒い男だ」
「人呼んで ”Mrグレー”」
「金の為ならどんな事でもする人間ですよね」
「そんな奴に我が社の株が18%も渡っている
だなんて……寒気がするわ」
「その通り! しかもだよ、深大寺は世良へも
強引に働きかけて、さらに18%の株を買い取ろうと
しているんだ」
もし ―― 世良が深大寺に応じたら、
深大寺が36%になって、現在30%の神楽を
抜いて筆頭株主になってしまう。
さすがに律と幸作の表情にも動揺が走った。
36%も株を保有していれば、
何人も自分の息がかかった役員を
社へ送り込めるし、経営にも口出しが出来る……
予期せぬ爆弾情報に、気持ちは沈み。
信号待ちをしながら、
「どうしたもんだか……」と、ついつい心の声が
口をついて出てしまった。
「”どうしたもんだかぁ”って、同窓会には行くよ」
「えー、行くのか??」
「って、行かん気ぃだったんか?」
「だって……」
「会社の状況と個人のプライベートは別物じゃん」
「そうは言っても、ねぇ……」
「それにお前は幹事だろ。行かんワケに行かない
やん」
「あ、そうでした……」
「しっかりしろよ。会場の準備、俺も手伝ってやる
からさ」
「ふふ、手伝うって言っても、席順決めるスピードくじ
作るくらいだよ」
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