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SCENE2
クラブからもそう遠くない、ベイサイドにあるホテルで、俺は凛に抱かれた。
ベッドサイドの明かりだけにした部屋。
ベッドに横になっている俺のシャツのボタンを、凛がゆっくりはずしていく。時々俺の身体のあちこちに口づける音だけが、広々したアイボリーの部屋に響く。
「きれいな肌だな」
上半身裸になった俺の、凛とは対照的な白くて薄い胸。凛は目を細めて眺め、俺の制服のスラックスを、下着ごと引き抜くように脱がせた。
「もうこんなにしてるのか」
淡い光の中でも、てらてらといやらしく光る、限界まで張り詰めた俺。恥ずかしい。
「見かけによらずやらしいんだな。たまんねえ」
唇を短くむさぼった後で、凛も服を脱いだ。無駄のない肉体がさらけ出される。
なめらかな茶色の肌。しっかりした胸板。腕。腹筋がうっすら割れた腹。すらりと伸びる脚。そして、そんな身体の中心で猛る凛自身。
見とれた。思わず息を飲んだ。美しくまばゆい。興奮にますます胸が高鳴る。欲情がたかぶる。ぞくぞくした。興奮が羞恥に取って代わった。俺は自分から、凛に絡むように抱きついた。
「……んっ、んう……」
深く激しい、食い散らすような口づけ。唾液があごを伝い、首筋を濡らす。押し倒され、唾液の跡をたどって凛の舌が俺の肌を這う。
「あ、あっ、あっ」
みだらな自分の声に、耳まで真っ赤になる。凛に抱かれている、という事実だけで、俺はのぼりつめてしまいそうに興奮していた。
痛いほどに尖った乳首を、執拗に愛撫される。快感にびくびくと身体が跳ね、のけぞる。
「あ……、りんっ……?」
さんざん胸をいじり回すと、凛は俺の脚を大きく開かせた。
「さわってないうちからこんなに濡らして、本当にやらしいな」
「んっ、あ、ああっ……! ふ、んんっ……」
凛は俺のモノを口に含んで、いやらしく音を立ててしゃぶった。
違う、凛だから、凛に抱かれてるからこんなに感じてるんだ、と言いたくても、快感が頭の中をかき乱して言葉にできない。
「ふ……っ、あ、も、もうっ……」
俺が限界をうわずった声で告げても、凛は俺を口に含んだまま俺の放ったものを受け止めた。
「もっと俺を楽しませてくれるだろ?」
にやっと片頬で笑って、凛は俺の前に顔を埋めた。
「えっ、な、なに?」
凛が吐き出した生温かいものが、俺の奥へと脚の間を通ってゆっくり流れる。妙な感覚に背中がざわめいた。
「お前が出したやつだよ。潤滑剤代わりだ」
凛は俺の最奥にその液体を塗りつけ、おもむろに指を入れてきた。
「ひくついてるな」
ささやいて口の中に入り込んできた舌は、少し苦かった。唇を封じられ、喉の奥でくぐもった声をあげるしかない俺。背中がびくびく波打つ。
「そろそろか」
つぶやく凛を、俺は息を乱してうつろに眺めた。言葉の意味をとっさに理解できない。
「あっ……」
熱く硬い凛自身が、俺の最奥に添えられる。ゆっくり侵入してくる。
「うあっ、ん、や、ああっ……!」
あえぎをまきちらしながら一瞬見た凛の表情は、ぞっとするほどセクシーで、そしてどこか苦しげだった。
ベッドの中で、凛は俺をしっかりと抱きしめ、髪をいじり続けている。時々、そっとあちこちにキスを落とす。
甘い余韻は、いつまでも消えそうにない。このまま、朝なんて来なければいいと思った。
「だいぶ髪が伸びてるな。切って、色を入れたらどうだ?」
耳のすぐ横で、凛の唇が動く。抑えた声が、耳に心地いい。
「うん、まあ、そうしたいんだけど……」
凛のライブに行ける限り行くために、いつもできるだけ我慢した上に近所の安い床屋で済ませてるなんて、とてもじゃないけど言えなかった。
「俺が、知りあいのところに連れて行ってやるよ」
俺は声もなく凛を見つめた。凛は目を細めて微笑み、俺の髪を指ですく。
「やって欲しい色があるんだ。きっと似あう。俺の好みでよかったら、だけど」
「いいの?」
先走りたがる期待を必死に抑えながら、訊いた。
「もちろん。俺の気の済むまで、いろんなものをプレゼントさせてくれ」
うれしい。めちゃくちゃうれしい。ただ一方的に愛を注ぐ対象だった凛と、恋人のように過ごせるなんて。
「なんか、援交みたいだ」
ようやく緊張も解けた俺は、そう言ってくすくす笑った。
「そうか、そうだな。年は同じぐらいなんだろうけど」
俺に言われて、凛も笑った。
「そうだね。俺は、二十四」
「俺は二十五だけど、もらってる金がたぶんハンパなく違うよな。だからどんどん、たかっていいぞ」
無邪気ささえ感じさせる凛の笑顔。声。かわいいと、俺は思った。テレビではトークも不器用であまり愛想がよくないけど、これがきっと、素の凛なんだろう。
「人が喜ぶ顔を見るのが好きなんだ。結構、こう見えて貢いじまう方だな」
「そうらしいね」
ついそう答えた後で、しまったと思った。あわててつけ足す。
「友達がファンでさ。いろいろ、話聞かされてるんだ」
ファンだってことは、きっと隠しておいた方がいい。偶然の出会いを、さも楽しんでいるふりをした方がいい。
この幸せな時間を、いつまでも味わっていたい。俺がファンだと知った途端、凛に冷たい目で見られるのは耐えられない。
「そうか、なら話は早いな」
凛はそんなことは気にしないのか、両手で包んだ俺の手を、学者のような目で真剣に眺め回す。
「きれいな手だ。そそるよ」
凛はいたずらっぽい目で俺を見て、微笑んだ。
小柄なわりに、手ばかり大きいのが嫌だった。しかもやけに指が長い。不恰好だと思ってたのに、凛はそんな俺の手をほめてくれる。
「指輪も買おうな、この手ならいくつもつけた方が映える。気に入ってるブランドがあるんだ」
髪をなでる手に、俺は目を閉じた。幸せだ。こんなに満たされた気分なのは、本当に久し振りだった。
「ここでチェックアウトまでゆっくりして、それから買い物に行こう」
俺は黙ってうなずき、凛の胸に頭を押しつけた。
凛のにおい。ぬくもり。息遣い。鼓動。俺の髪をなで続ける、大きな手。
全身で受け止めて、記憶して、絶対に忘れないようにしよう。そう思った。
「……なあ、俺んち来るか?」
穏やかな眠気の中に、唐突にぽつりとこぼされた言葉。俺は驚きのあまり、思いきり反応して凛のあごに頭をぶつけてしまった。
「ごめん、大丈夫? あの、俺、びっくりして……」
「そんなにびっくりすることじゃねえだろ? 俺んち、来いよ。好きなだけいていいぞ」
「マジ? 本気?」
当たり前だ、と言うと、凛は唇だけで笑った。微笑みはさみしく、はかなく、荒野で孤独に風に翻弄されている花のようだった。
俺でいいなら、俺の存在が少しでも凛を癒せるなら、なんでもやろう。凛のためなら、なんだってできる。
でもその前に、俺にはどうしてもファンとして訊いておきたいことがあった。
「ねえ、もう歌わないの?」
見た目は健康体でも、歌えない身体になってしまったのか。スランプになって、曲が作れなくなったのか。それとも、なにかもっと重大な事件が、凛を襲ったんだろうか。
俺はただそうやって、噂に惑わされていろいろ憶測して、心配することしかできない、一ファンだった。でも今は違う。こうして、凛に直接訊くことだってできる。
凛はなにも言わず、ただ微笑みだけを深くして、俺を抱きしめた。
「……自分でも、分かんねえよ……」
長い沈黙の後、俺の耳もとに置きざりにされた言葉。
心なしか、凛の声は震えていた。深く暗い傷が、一瞬あらわになった気がした。
いったい、なにがあったんだろう。なにが凛から、歌を奪ったんだろう。
また歌って欲しい。凛に歌う気力を取り戻してもらいたい。そのかけがえのない才能の、支えになりたい。
俺は凛が眠ってしまっても、眠れずにじっと凛を感じていた。俺になにができるかを、考えた。
俺のぬくもりに埋もれ、背を丸めて眠る凛は、まるで怪我をひたすら寝ることと傷を舐めることで治す、獣。
やがて食い尽くされる運命でも、そばにいたい。凛がまた、歌えるようになるなら。
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