8 / 15

第8話

「相変わらずな綺麗な方だった……」  馬小屋に戻ってきたジョンは馬の世話の続きをしつつ、話しかける。  落ち着いていればちゃんと話せるのだが、焦るとどうも上手くいかない。  急に尋ねて来る物だから驚いてしまった。… 「私だって気付かれなかっただろうか。上手く化けただろ?」  ジョンは馬に笑いかける。青の愛馬であるこの白馬とは昔から仲良しで、よくこうして話しかけていた。  流石に馬の言葉は解らないし、この子も解っていないとは思うのだが……  主は白い色がお好みの様である。    ジョンの正体はユキだ。  ユキは森へ帰った訳では無かったのである。  勉強をしたがったユキはイオと一緒に家庭教師のもと、必死に勉強をした。一人の時もずっと勉強し、何とか文字を覚えた。しかし一応魔物と言えど元々は獣でしかない為、なかなか言葉を発する事は出来なかった。  夏休み、冬休みと大型連休になると青は帰って来た。  ユキはちゃんとお話し出来る様になってから青に知らせたくて、周りには『シーシー』と言って口止めしていた。  ユキも青の事が好きだった。  初めて会った時、なんて瞳の綺麗な人だろうと見惚れる程であった。きっとあの時自分はその青い瞳に恋をしたのだと思う。  ビックリし、思わず威嚇してしまったけど……  青はそれでも自分に会いに来てくれた。懸命に看病してくれたのだ。ユキは沢山酷い目にあってきた。だから中々青に甘える事は出来なかった。この人は自分を虐めたりしない。優しい人、甘えたい。そう思っても、どうしても怖くて隠れてしまっていた。  苦笑いをする青を見て、明日はもう来てくれないかもと、毎日怖かった。  あの嵐の夜。やはりユキは恐怖で震えていた。  大きな音は苦手である。 『助けて青い人』  そう思ってると、青の匂いを感じた。きっともうすぐ来てくれると思ったら悲鳴が聞こえて来たのだ。  気づいたら自分は雨の中を走り出していた。  そして谷底に落ちてしまっている青を見つけたのだ。  きっと彼は自分を助けに来て足を滑らせてしまったのだとユキは気付いた。  雨足は強さを増すばかり、青のすぐ側まで川の水は迫っていた。  このままでは流される!  そう思ったユキは自分でも気づかない内に走り出していた。  近くに青と似た匂いの人を見つけたのだ。見た目も似ていたから必死に助けを求めた。   その人は気付いてくれて、ユキを追いかけてきてくれたのだ。  側に居た黒豹が青を助けるのを確認し、ユキは意識を失っていた。  気付いたら暖かい部屋の中で、側には青がいた。  ユキはもう怖くなかった。  青に心ゆくまで甘える事が出来る様になっていた。  ユキは青のペットになれた事が嬉しかった。  青はいつも『ユキ、可愛いね』と言ってくれる。可愛いのは青の方だとユキはいつも思っていた。  いつも可愛がってくれる青に、しだいとユキは青とお話ししたいという願望が強くなった。  青が学校に行くと知った時、ユキも会えなくなる事に寂しさを覚えた。  青の言う『結婚』がユキにはどういったものか解らないかったが、必死な様子に頷いていた。  青を見送った後、青が勉強しに行ったのなら、自分も勉強したいとユキは思った。そして黒にお願いしたのだ。  黒は同じ豹で、よく自分の考えを解ってくれるから、ユキも黒に懐いていた。  『結婚』の意味が解り、ユキは嬉しかった。ユキも青と結婚したかった。  だからより勉強を頑張った。  しかし勉強すればする程、自分と青の身分の違いを理解していった。  自分はただの獣、青は一国の主となる王の息子で有るのだ。  自分なんかと結婚させる訳には行かない。  そもそも青はきっと、まだペットへ向ける愛情と、恋愛感情の違いが解って居ないのだと思った。  それは自分も同じ事である。  ユキは一度距離を置いて見ようと考えた。  黒に相談したのだ。  黒は取り敢えず元居た城にユキを連れて行く事にした。  そこで勉強や歩行訓練をしつつ、三年程青と距離を置かせて見ようと思ったのだ。  青が会いたがるといけないので、森に返した等と嘘までついた。  この頃の黒と白は、三年経って二人を合わせ時、その時も結婚したいと両方が思うなら結婚させてやろうと思っていた。  ユキにはちゃんと理性も感情も備わっている。勉強し、文字も覚えた。これから言葉や歩行も覚えるだろうと思えば、何の問題も無い様に思えたのだ。  ユキは一生懸命勉強し、歩行訓練も朝から晩まで頑張った。  黒はあまりにユキが頑張るので「少しは安め」と体を気遣う程であった。  そして三年目、ユキは片言だが言葉を話せる様になった。二足歩行も危うくは有るが出来ていた。服を着るのは嫌だったが、何とか慣れだしていた。  青は今でもユキを必死に探しているし、早く会わせてあげたいと、黒と白は青の長期休暇を楽しみにしていた。  そして青の帰りが3日と迫った日の事である。  ユキは急に発情期を迎えてしまったのだ。  ユキはΩであった。  人間と魔物の間に出来る半獣は必ずβかΩである。その割合も半々とΩの確率がカナリ高い。  なのでユキもΩである可能性は高かったのだ。そこ為、黒は驚く事はせず、Ωの説明と抑制薬、そして頓服薬を処方させた。  ユキは初めての発情でか、薬を飲ませても落ち着かない様子で怯えてしまっていた。  ユキは元々臆病な性格である。黒も白もそれは重々解っていた。  こんな時にタイミングが悪すぎると思ったが、こんな状況でユキを青と会わせるのはユキの精神状態上良くないと思い、今回合わせる事を取り止めにしなければいけなかった。  次の休みが有るのだから大丈夫だと思っていた。  しかし、ユキは何故か青が帰ってくる休暇前になると必ず発情期に入るようになってしまった。  ユキは発情期に入ると抑制薬を飲んでいても外に出たがらず、誰にも会いたくないと部屋に閉じこもってしまうのだ。  ユキの周期がたまたま半年毎で青の休み前と合致してしまったのであろうと思う。  半獣でも獣よりともなれば、他の獣と同じで子孫を残そうとする本能が強く、周期も短い事が多いようだ。  何しろユキが部屋から出てこないぶんには二人を合わせる事などままならず、いっそ青には話してしまおうかと黒は考えた。  休みの時だけだでなく、青は家臣達を使ってずっとユキを探していた。  勿論その家臣達には口止めしてあるが……  青が可哀想だ。青のユキと結婚する気は変わりが無いのである。  しかしそれをユキに提案すると、ユキが嫌がった。  ユキは青への気持ちが無くなったと言い張ったのだ。  ユキは青とは友達としていたい。しかし、まだ青が自分と結婚したかったがっているなら会わない方が良いし、このまま森に返した事にして欲しいと黒に訴えた。  確かに、青はユキが此処に居ると言えば会いに来てしまうだろう。そして求婚を迫りそうだ。青には可哀想だが、このまま嘘を付き通した方が青の為にもなると黒も思う。 「でも、青様は私の恩人で好きな気持ちは変わりません。出来れば彼の側で見守る事が出来たら…… 我儘ですね私…… 」  申し訳なさそうにそう呟くユキ。 「いや、お前を森に返すのも危険だ。此処に置いておいても構わないが、青の側が良いのならそれで構わない。しかしお前がユキだと知ったらアイツは求婚しそうだならな。バレない様にしよう。騎士は…… 無理そうだな」  黒は何とかユキがユキとバレず自然に城へと就ける担当を考える。  そして思い付いた。庭は自分達が手入れをしているために庭師が居ない。  青の卒業と共に王の座を明け渡し、自分達がコチラの城へと隠居すれば自然に庭師の仕事が空き、そこへユキを就けても何らおかしくは無いだろう。 「ユキ、庭師の仕事が良さそうだ。これから教える」  そう黒は提案すると、青が卒業するまでの間、時間を見てはユキの元を訪れ庭の作り方を教えたのだった。  ユキは一人の時も庭について独学で学び、黒と白の城の庭は華やかになった。  ユキはついでに畑仕事も覚えた様である。  青が卒業し、王になる頃にはユキも立派な庭師へと成長を遂げていた。  しかし、そのままでは一目でユキと解ってしまう。  そこでユキの綺麗な体毛は茶色に染め、そして瞳には茶色いカラコンを入れさせたのだ。  どっからどう見ても普通の豹に化けたユキ。  これならユキヒョウだとは思われないだろう。  居ないとは思うが、城内に悪い家臣がいて、ユキを捕まえ毛皮にして売ろう等と思う輩が居ないとは言い切れない。しかし、これならばそちらも安心できる。  あとは城内で発情してしまわない事である。  使用人はβが多いが、騎士にはαが多い、ユキの発情に当てられ、ユキが襲われないか心配であった為、二人はユキの部屋を城から少し離れている物置小屋にする他無かったのである。 「今頃、主は良い妃様をお見つけになられている頃だろうね。どんな人だろう。きっと素敵な人だろうね」  ユキは城の方を見つめ、溜息を吐くのだった。  それからユックリと馬小屋を出て、物置小屋の自室に戻るとベッドに潜り込んだ。  泣いちゃ駄目だ。僕は恵まれている。とても幸せをなのに……   胸元に光るネックレスの飾りをギュッと握りしめるユキなのである。  主には自分ではない、もっと相応さしい方が居るはずなのだ……  

ともだちにシェアしよう!