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推察
「……何も聞かないでくれと言うのは、あまりにも虫が良すぎるだろうか」
エリックはかぶりを振りながら、自嘲するように言った。どうしても、明かしたくないことがあるらしい。
ポールは逡巡した。エリックが望むように、詮索しない方が良さそうだと、漠然とではあるが思う。知る側にも責任が生じるような事柄なのだろうと。それこそ、エリックが定めた不可侵領域内の話なのだ、と。
言えないこと、言いたくないことがあるのは、仕方のないことだ。
しかし、中途半端でも、ポールはもう知ってしまったのだ。
ショーンも、何かしらを察している。先ほどシャワールームで隠微な目配せをした際、それをこちらに伝えてきた。自分たち夫婦は、何かとカンが鋭い。
……そもそもの話だ。
「何で、ここに来た?」
そう訊ねれば、エリックはひくりと口元を強ばらせた。
ポールは質問を重ねる。
「何で、病院に連れて行かない? ……連れていけないんだろ?」
「ポール」
やめてくれ、と言わんばかりにエリックが顔を伏せる。それが何よりもの答えだった。
「警察に、被害届を出すこともできないんだな?」
頬杖をつき、目を合わせようとしないエリックを見つめる。エリックは何も言ってこない。そうやって、ジェフを守ろうとしているのだと思った。
……ジェフは素性を隠している。
それがバレてしまえば、不都合が生じるということだ。
「エリック」
ポールは身体ごと、エリックに向けた。そして、ゆっくりと言い聞かせるように口を開く。
「ここは僕とショーンの家だ。警察でも病院でもない、僕たちのプライベートな空間に、君は自ら厄介事を持ち込んできた。違うか?」
綺麗に整った顔が、ますます硬くなった。厄介事と道破するのは、こちらとしても心苦しかった。けれども、妙に優しさを見せてしまえば、エリックはその隙をついて逃げ出そうとするだろう。
そうなってしまうと、こちらに勝ち目はなくなる。
エリックは自分より、一枚も二枚も上手なのだ。
だから、卑怯ではあるが、弱っている今のうちに洗いざらい吐かせたかった。
「今夜の君は、まったく君らしくない」
ポールはエリックをまっすぐに見つめた。
「何も機密情報を話せとは言ってない。ただ、君の個人的な感情について知りたいんだ」
エリックほどの男が、仕事がらみでここまで動揺するとは考えられない。彼はプロフェッショナルだ。矜持を以って最高の成果をあげ、その見返りにクライアントから多額のコンサルティング料を受け取っている。
少しでもヘマをすれば、信頼を損なってしまう。だから、抜かりなく仕事を進めていくために、入念に準備する。何十回、何百回とシミュレーションしながら、起こりうるミスや問題を洗い出し、そのすべてに対し善後策を決める。
それほどまでに徹底している男だ。そう考えると、此度の襲撃も想定内の出来事であったはずで、当然、対策していたに違いない。
……不測の事態が起きたのだ。
それも、極めてプライベートな心情が働いて。
そして、ショーンに助けを求めざるを得ない状況に陥ってしまった。
これが、ポールの推察だった。
「……相変わらず君は、何でも見通してくるな」
エリックはその時初めて、かたちの良い唇を左右に広げた。
観念した、とでも言いたげな苦笑だ。どうやら、推察は当たっているらしい。エリックもまた、こちらの頭の中を見透かしているようだった。ポールもつられて、苦く笑った。
「君ほどじゃない」
「君が警察内での評価が高い理由がよく分かる。惜しいのは、勤労意欲が欠如していることだな」
「やるべきことはやってるから、いいんだ」
「上昇志向のない有能な人間ほど、組織で生き残っていけるさ」
そうなのだろうか、とポールは首を傾げた。それに、別に生き残りたいとも思っていなかった。
「まぁ、いい。確かに俺は、君たちを巻き込んでしまった。君たちには知る権利がある。跡を濁さないようにするが、万が一の時に知っていないと、誤魔化すにも誤魔化せないだろうから」
「万が一の時?」
そう訊き返した時だ。「ポール、エリック!」と、シャワールームからショーンの大声が聞こえてきた。ふたりは咄嗟に、口を閉ざす。
「ちょっと来て! 話がしたいんだ」
良からぬ状況なのだと、察するのは容易かった。見れば、エリックの顔は再び硬化し始めていた。ふたりはすぐに立ち上がると、急いでシャワールームへと向かった。
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