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強情
ぞっとするほどの静けさが、シャワールームに広がった。体積や色など実体がないはずなのに、それは表現し難い圧を伴っていた。
ポールは静かに、多大なる衝撃を受け、言葉が出なかった。代わりに胸のうちで、エリックの暴露を反芻する。
……《5》。古くは軍情報部第5課と呼ばれ、現在は保安局(SS)という名称で、イギリス国内の安全保障とスパイ防止活動を担っている。
世に知れ渡っている名は、MI5。
本部を置くミルバンクのテムズハウスには、国内の治安に関する情報が昼夜問わず集積される。その情報を元にスパイやテロリストを捜査し、警察と連携して逮捕し、テロ活動の未然防止に務めている。
ジェフは、その局員だとエリックは言った。
それは理解できた。けれどもなぜ、MI5がエリックを監視対象にしているのか。それが分からず、ポールは困惑していた。
「監視されている理由が知りたいだろうが、今は話している時間はない」
こちらの考えていることを察してか、否か、エリックはまなじりに残った涙を拭い、毅然とした声で言った。
彼はもう泣いていなかった。
「俺はとにかく、ジェフを助けたい。血が足りなくなる前に、相応の処置を必ず受けさせる……たとえ、この男と切り離されることになっても」
「……嫌だ、やめろ」
エリックの視線が、ポールとショーンに向けられた。力強い目だった。
「ポール、ショーン、悪いが力を貸してくれ。両手足を縛ってでも、ジェフを車に乗せる」
「エリック、やめてくれ……!」
「やめない」
「エリック!」
ジェフは力の限りかぶりを振り、すがるような目でエリックを射抜いた。
「俺は、死んでもアンタのそばから離れない。そう誓っただろ……!」
まっすぐで、おぞましい、呪いの言葉だった。
それが過たず、エリックの胸を撃ち抜いたのが分かった。
幸福と苦しみ、あるいは怒り、それとも悲しみだろうか。そういった相反する感情が、エリックの顔に充満した。彼は深く、強く唇を噛んだのち、まぶたをゆっくりと閉ざす。その時また、白皙の頬に涙がひとつ流れ落ちていった。
「勝手にしろ、馬鹿が……」
ポールは頭を抱えたくなった。
彼らのプライベートな関係性に薄々感づいてはいたが、ジェフの正体が分かった今、素直に喜ぶことも祝福することもできず、ただただ困惑と懸念で脳内は塗り潰されている。
監視員と監視対象者との間で、恋愛が成り立つわけがない。エリックの場合、監視目的が不明なので断定はできないものの、ふたりは本来、対立する立場にあるはずだ。
エリックが監視されていることを逆手に取って、ジェフの懐に入り、彼を利用している……いや、それは考えられない。であれば、これほどまでに心を揺さぶられていないだろう。
エリックは、心の底からジェフを愛している。
逆も同じことが言えるだろう。ジェフは今の、自らの立場を守りたいがために、エリックと離れがたいがために意固地になっているのだと、ポールの目には映っていた。……果たしてそれを愛と言っていいのか、依存と表現すべきなのかは、自分には判断できないが。
とまれ、ジェフはMI5を裏切っている。それは確かなことで、彼を病院に連れて行けば、襲撃の件を組織に根掘り葉掘り聴取されるのは目に見えていた。
エリックやジェフはその過程で、自分たちの関係を組織に知られることを恐れているのだろう。
だから秘密裏にこの家にやって来て、ショーンの助けを乞うたのだ。
まだ、明らかになっていないことはあるものの、だいぶと腑に落ちた。
と同時に、大きく深いため息が吹き出た。
……まぁ、いい。
とにかく、この膠着状態をどうにかしないといけない。
どうすればいい?
どうすれば……–––
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