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第3話

床にモップをかけながら、ニット帽の男について考えてみた。 やはり知らない顔だ。断言出来る。 というのも七緒は、一度目を合わせて会話をした人の顔を忘れないという特技を持っている。 幼い頃から自分の思っている事を他人に伝えるのが苦手で、顔色ばかり伺ってしまう癖があった。 それはきっと母親の影響が大きいだろう。 母親は世間体をとても気にする人だった。 七緒が外でどんな振る舞いをしているのか、周りからどのように思われているのかを常に心配をし、まるで七緒を自分の所有物かのように管理する母親だった。 「あのお友達は乱暴だから、もう仲良くしちゃ駄目よ」と小学生の頃に叱られた事がある。 母親の言いつけを守らないと、後が厄介な事になるというのは子供ながらに学習していた。 「お母さんを困らせないで」とことある事に泣き崩されていた七緒にとって、母親の言い付けを無視するという選択肢は無かったのだ。 次の日から母親の望むように、その子に遊びに誘われても適当に理由を付けて断るようにした。 初めのうちは誘われていたけど、徐々に声が掛からなくなっていって、最終的には目も合わせなくなっていた。 七緒はかつては親友だったその子とずっと遊びたかった。 だから遠くの方からじっとその子の姿を観察していた。その子の友達も、またその子の友達の事もそうだ。 みんながドロケイをしている時、笑いあってる時、いろんな角度から表情を観察していた。だからいつの間にか顔を覚える事が得意になっていた。 自分と仲良くしてくれる友達は他にもいたけど、母親がもし駄目だと言ったら…と心配になってしまい、人との距離感をよく掴めないまま大人になった。 だから親友と呼べる友達はいない。 だが成長するにつれて母親の理不尽な言いつけには反抗出来るようにもなったし、少数ではあるが店長のように気さくに話せる人も作れるようになった。 そんな自分が男にストーカーされるだなんて全く想定外の事が起こっている事に戸惑う七緒は、どうしようかと悩みながら店長に相談する。 「ここに来る前にも俺、追いかけられたんですよ。俺と同じくらいの若い男で」 そう言うと、店長はふふっと笑う。 「七緒くんのファンじゃない?例えば、大学で一目惚れしたけど声が掛けられずにいるとか」 「まさか!逆ですよ。そいつ、俺の事睨んでたんですよ?何か恨みでもあるみたいに」 「ふぅん?でも全然知らない人でしょう? あと考えられるのは……最近近くで出たって噂の変質者?」 変質者の情報について聞かされる。 40代くらいの小太りの男性が、下校途中の女子中学生に声を掛けつきまとったという件だった。 ニット帽の男とは特徴がかけ離れていて、同一人物では無いというのはすぐに分かった。

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