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第4話

「あとそいつに、鳴き真似されたんですよ」 「泣き真似?」 目元を擦る仕草をする店長に、かぶりを振った。 「犬の鳴き真似。そいつにワンって吠えられたんです」 「ハハッ」 店長は笑いながら「そりゃあいい」と言って小銭をコインカウンターに入れていく。 「だったら猫の鳴き真似で返してやればいいんだよ」 「店長……。何かされたらどうしようって、俺本気で怖いんですから」 「ごめんごめん。そうだなぁ。もし俺がやられたとしたら、それ面白くないからやめてって言っちゃうけどね。面と向かって言われないと分かんない奴もいるから」 自分だって出来ればそう言ってみたいが、何か危害を加えられたりしたらどうしよう。 そんな七緒の心配をよそに、店長はまた面白がるように言った。 「もし臀部を露出されたりしたら、ちっせーなぁって言ってやれ?絶対に驚いたりしたらダメだぞ。相手はますます喜んでおっきくさせちゃうからな」 「ちょっ……やですよ〜、なんで俺そんなモノ見せられなきゃなんないんですか……」 もし見せられた日には発狂してしまいそうだが。 仕事を終えた七緒は恐る恐るドアを開け、キョロキョロと辺りを見渡した。 男がいない事を確認し、いつもとは異なるルートで帰る事にした。 少し遠回りになってしまうが、線路沿いの比較的人通りのある道を選ぶ。 周りに注意を払いながら、ポケットからスマホを取り出した。 [今バイト終わりました。これから帰ります] いつもみたいに、恋人にメールを入れる。 既読は付くが、返信がある事は滅多に無い。 それはいつもの事だから、期待はしていない。 でも今日は違った。なんと長文で返ってきたのだ。 思わず脚を止め、何度も文字に視線を這わせた。 [お疲れ様でした。こちらも今家に帰ってきたところだよ。昨日は雨で肌寒かったのに今日は暑かったね。体調崩してない?日曜日、何処に行きたいか考えておいてね] 信じられない! 今日は返ってきた! しかもこんな風に優しく! ニヤニヤしながら素早く返信用の文字を作成していく。 その最中だった。 近くの踏切の音と共に耳に届いたのは「ワンッ」という犬の鳴き声だった。 七緒がハッとして振り返ると、あのニット帽の男がいた。 首がもげるんじゃないかというほどに素早く向き直る。 わぁぁぁ、と叫びたい衝動が駆け巡った。 何故あいつは、犬の鳴き真似をして自分にその存在をアピールしてくるんだろう。 それも意図が分からなくて、余計に薄気味悪さを感じさせる。 「ワンッ!」 恋人に電話して相談してみようかと逡巡している間にもう一度吠えられて、またハッとした。 何かされたりしたらと思うと怖いけど、もし自分に危害を加えようとしているなら、こんな煌々と街灯に照らされている場所よりも、もっと暗い道での接触を選ぶはずだ。 いざとなったらすぐそこのコンビニに駆け込めばいいんだし。 やっぱり店長の言う通り、ここは一発ビシッと言ってやるのが一番かもしれない。 ぎゅっと拳を作り、クワッと目を見開いて振り返った。

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