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第7話

「……」 「……触ってもいいよ?」 不敵な笑みをこちらに向ける男の頭を凝視して、七緒は固まった。 犬の耳が、頭の上でぴくぴくと時折動いている。 「ほらほら」と頭を傾けた男に、よく分からないが言われるがまま、そっとその耳に触れて感触を確かめた。 先っぽが少しお辞儀しているような半立ちの耳は生暖かくて血が巡っている感じがして、作り物にしてはよく出来ていると思う。 そしてこの黒と茶色を混ぜ合わせたような毛の色は、まるでシェルティーの耳そのものだった。 「ふふふ、くすぐったいよぉ」 親指で耳の中を撫でるように触っていたら、自称マルは笑いながら身体を捩らせ始める。 なんか、大の大人がクネクネしててキモイ……。 つい口から出そうになるのを堪え、自らのこめかみに手を当ててうーんと唸った。 厄介な相手に目をつけられてしまったなと自嘲しながら、とりあえずニコリと微笑む。 「よし。じゃあ、とりあえず君をマルだって事にしよう。一体何が目的で」 「あ、耳まで見せてやったのにまだ信じてないな? じゃあいいよ。マルだって事、証明してやるよ」 自称マルは不機嫌そうに言って再度ニット帽を被ると、大きく息を吐き出してから淡々と話し始めた。 「ご主人様、名前は笹倉七緒。8月31日生まれの20歳。5歳のクリスマスイブに実父からシェルティーの俺をプレゼントされ、目が丸かったという安易な理由からマルと名付ける。本当はリュウとかレオとか、強そうでカッコイイ名前が良かった」 「は?」 サラッと文句を言われたような気がするけど、名前も生年月日も、七緒の家族でさえも忘れていそうなマルの名前の由来も当たっている事に驚いた。 「臆病で不器用で心配性な性格。ガキの頃はお漏らしがなかなか治らず、メンタル面でやられるとすぐに泣くため『泣き虫ななおちゃん』と周りに揶揄われていた」 「げっ」 「ストレス発散方法はお菓子を馬鹿みたいに食う事。頼まれたら断れない性格がたたって、無理やり学級委員に任命されてしまった事もある。最後のお漏らしは小4で、下校中の」 「もっ、もういい!やめてっ!」 恥ずかしい事を次々と暴露されてしまって逃げ出したくなる。耳を塞ぎ、カーっと顔を熱くさせた。 「信じてくれた?」 「な、何でそんなに詳しく知ってるんだよ?」 「マルだから」 「……本当なの?マルは昔死んだはずだし、それに今更マルが何の用で……」 「ご主人様を、幸せにする為に来たんだ」 細まったその三日月の双眸に見つめられて、何故か懐かしさを覚えた。 フワリと稲穂のような柔らかい風が吹いて、二人を包み込む。 はじめてじゃない。今までずっと一緒にいたような感覚。 ――あのマルが、逢いに来た。

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