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第8話
「じゃあ、どうぞ……」
「うん。ありがとー」
外では立ち入った話も出来ないから、仕方なく部屋にマルを入れる事にした。
マルは乱暴にスニーカーを脱いで中に入ると、さっきみたいに被っていたニット帽を外して、それをベッドの上に放り投げる。
……やっぱり耳がついてる。
じっと見つめる七緒にマルはふっと笑いかけ、履いていたズボンのボタンを一つ外して緩めてお尻側に手を突っ込んだ。
スルスル……とそこから出てきたのは尻尾だった。
フッサフサの毛がくるんと丸まって、尻尾の先がマルの背中にくっついた。
七緒はこっそり自分の頬をつねってみる。
痛い。やっぱり夢じゃない。
「そ、そっちもあるんだ……?」
「あるあるー。人間ってよくこんな窮屈な布を身に付けられるよね。犬の神様は、全裸で行くのは流石にダメだろって言って余ってた服貸してくれたけどさぁ」
なんかもうツッコミ所満載だけど、お尻を見ながら尻尾を左右に動かすマルにもう驚く事は無くて、そんな大きな尻尾を隠すのってやっぱり大変だよなぁなんて同情してしまう七緒なのであった。
マルはベッドに腰掛けて脚を組む。その間にもパタパタと揺れている尻尾。
七緒はカーペットの隅にちょこんと座った。
「えっと、まず何から訊けばいいのか」
「うんうん。何でも訊いて?」
旺盛に動く尻尾に目を向けながら、訊きたい事は山ほどあるけど、とにかく優先順位を付けて質問していくことにした。
「えっと……じゃあ、どこから来たんだよ?」
「空。そこからずっと見てたよ。ご主人様、俺が死んだ後しばらく塞ぎ込んでたよね。学校も休んじゃって。あの時、悪い事しちゃったなぁって思いながら見てた。みんな出掛けてる間にいきなり死んじゃってごめんねー」
片目を瞑って手を合わせて謝るマルは、なんだかとてもチャラく見える。
マルってこんなタイプだったのか?
シェルティって聡明で飼い主に忠実だし、イメージ的にはもっと口調も優しくて穏やかだと思ってたけど、マルは一般的なシェルティに比べて少し活発なところがあった。
さっきから明るい調子で話すこの男はやっぱりあの好奇心旺盛なマルなんだなぁと、なんとなくしっくり来るものがあった。
「あの時、急に胸が苦しくなってきてさ。早く帰ってこーいって思いながら玄関でウロウロしてたんだけど、もたなかった。目も霞んでいって、うまく呼吸も出来なくて、最期のお別れも出来ずにごめんねって、ご主人様の事を思いながら逝ったんだよ」
マルが死んだ時の事を思い出して、涙を滲ませる。
帰ると必ず玄関に座って出迎えてくれていたマルが、その日は力無く横たわっていた。
前兆なんて無く、本当にいきなりだった。
「う、うそ、マル、そんな風に思ってたのか……?ごめん、あの日、父親の誕生日だったからみんなで外食しに行っていたんだ。まさか死んじゃうだなんて思ってなかった」
「うん、誕生日だったって知ってたよ。犬の姿してた時も、みんなが話してた言葉ちゃんと理解してたから」
「え、そうなの?」
「だからこうやって人間の姿になって言葉を使って話が出来るのって、すごく嬉しいよッ」
マルはぴょーんとベッドから跳ね降り、嬉しそうに七緒をキツく抱きしめた。
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