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第9話

マルはこれでもかと言うほど密着して、七緒の頬を舌で舐め上げた。 そのザラっとした生暖かい感触に肌が粟立ち、すぐにマルを突き飛ばす。 「なっ何やってるんだよっ!!」 濡れた箇所を手でゴシゴシとこすっている七緒を目の当たりにしたマルはショックを受け、弾丸の如くベッドの中に頭から潜り込む。 頭隠して尻隠さずの状態で、かけ布団からはみ出たフサフサの尻尾がシュンと垂れている。 「あ……マル、ごめんよ?いきなり舐められたからビックリしちゃって……」 マルの丸まった背中を布団の上からさすってやる。 いくら中身は犬のマルだとはいえ、見た目は普通の人間、さっき話したばかりのよく知らない青年だ。人に舐められるなんて慣れていない。 だけど犬にとって舐めるという行為は愛情表現。傷付けたかもしれないと反省する。 「ごめんごめん、出てこいよぉー」 「……」 マルは隙間からちらっと顔を出して、潤んだ瞳でこちらの様子を伺っている。 可愛いな。 なんか昔飼っていた犬を思い出すな。 いや、それがこのマルなのか、と一人ツッコミをしながら七緒は咳払いをして座り直した。 「えっとじゃあ、マルはずっと、人間の言葉を理解してたんだな?それで、死んでからは人間の姿になって俺の事を空から見ていたと……」 「ううん、死んでからもずっと犬だったよ。この姿になったのは二日前」 マルは不貞腐れながらも布団をはいで出てきてくれた。 二日前?つい最近じゃないか。 「最初はこんな若い男じゃなくて、お爺ちゃんの姿だったんだ」 「えっ、なんで?」 「俺13歳で死んだでしょ?人間の年齢だと68歳くらいだから。けどなんか動きづらいし身体も固くて重いから、もっと動きやすい年齢の人にしてってお願いしたらこうなった。こうなるのに一日掛かったけど」 マルは肩をグルングルンと回す。 犬の神様っていうのはわりと臨機応変に対応出来るらしい。 「俺たちペットはね、死んだ後もご主人様を見守るっていう義務みたいなもんがあって、みんなで雲の上から見てるんだよ。ご主人様がちゃんと、俺たちがいなくても幸せでいれますようにって祈りながら」 「へぇー、そんな事やってるんだ」 「でもね、今のご主人様は、今までにないくらい幸せ指数が半端なく少ない。だから幸せを取り戻させる為に、犬神様にお願いして人間にしてもらったんだ」 「し、幸せ、指数?」 普段滅多に口にしないであろう言葉をぼそぼそと繰り返した。 自分の人生の満足度みたいなものだろうか。 難しい顔をする七緒を見てマルは口の端を上げた。 「ちなみに訊きたい?ご主人様の幸せ指数が今何パーか」 「えっ……何パーなの?」 「5」 「5!?」 予想外過ぎる数字に驚愕する。 学校のテストでもそんな低い点取ったことは無い。 「嘘だろ?そんなに少ないのかよ!」 「うん。見えるんだよ、俺たち動物には。ご主人様の頭の上にメーターみたいなものがあってね」 マルは頭の上に添えた手を何度か上下させながら言った。 「それを満タンにしようとするのが俺たちの役目なんだ。100に近付けるように、どうにかしてご主人様を喜ばせようとするんだよ」 「で、な、なんで今5しか無いの?俺、充分幸せなんだけど?」 マルはピクンと耳を立てると、途端に顔を険しくさせた。

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