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第10話
「それ本気で言ってる?ご主人様、本当に自分が今、幸せだって思ってるの?」
少し爪が尖った人差し指をこちらに向けられてムッとする。
なら自分は不幸せなのかと考えたら、そんな事は全く無い。
そもそも幸せとは自分が自分で見出すものだ。人に決めてもらう事では無い。
七緒は親友はいないが、不幸だと思った事は一度も無い。
友達がなかなか出来ない事や人との距離感が掴めない事を母親のせいにした事は正直あるが、今となってはもう許していて、徐々にではあるが人と接していこうというポジティブさは今の七緒にはある。
バイトだって大好きなカフェで始める事が出来たし、店長と話している時間は楽しいし、それに恋人だって出来て……
「それ!そこだよ問題は!」
突然マルに叫ばれ、ピタリと思考を止めた。
「いま恋人の事考えたでしょ?ご主人様」
「えっ、なんで分かったんだよ?」
「幸せメーターが見えるのと同じように、考えてる事も周波数に乗せて読み取れるんだ。でも物凄く集中力を使うから、一日一回しか出来ないけど。いや、それは今はどうでもいい。その恋人が問題なんだよ!そいつと今すぐ別れやがれ!」
口から八重歯を覗かせるマルに、七緒は目をパチパチと瞬かせる。
「なんでそんな事を言われなくちゃならないんだよ」
「恋人って、野郎 でしょ?」
じとっと冷淡な瞳でそう問われ、ぐっと言葉を呑み込んだ。
どうやらマルは、その犬神様とやらのお陰かは知らないが七緒の事を全部お見通しらしい。
「男と付き合う分にはいいよ。人間の恋愛なんて自由だからね。問題なのはその相手だよ!ご主人様、一体そいつの何番目だと思ってんの?!」
背中に冷や汗をかきながら、マルから視線を外す。
マルの言う通り、自分の恋人は男性だ。
ITコンサルタントとしてバリバリ活躍している30代。
試しに連絡を入れてみたら、今度遊びに行こうと向こうから誘われて、彼の車で出掛けた帰り道に告白されて舞い上がり、即答した。
もちろん流されたとかではなく、ちゃんと相手を好きになっていたから返事をしたのだ。
人生初の恋人ができ、これからどんな楽しい事が待ってるのかと思うとワクワクした。
しかし事態が急変したのは、三回目のデートの日だった。
恋人の車からいつもはしない柑橘系の香りがしたから『香水変えたの?』と何気なく訊いたら『あぁ、あいつの』と軽いノリで切り出されて耳を疑ったのだ。どうやらそういう相手は何人かいるらしい。数は把握していない。
「なんでそんなヤリチンクズ野郎と付き合ってるんだよ!そんなんだから幸せ指数がどんどん減ってくんだぞ!」
「ちょ、口が悪いぞマル!……いいんだよ。俺が好きで付き合ってるんだから」
マルは不機嫌そうに口をへの字に曲げていた。
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