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第11話
七緒は今まで、女性にときめいた事が無かった。
だからもちろん彼女なんていた試しは無い。
彼に告白をされ、この人との未来を想像したら暖かいものがじんわりと胸の内に広がっていった。
こっち側の人間だったんだって分かった瞬間でもあったから少々戸惑いもあったが、七緒は生まれて初めて人を好きになるという事が出来て嬉しくなったのだ。
それからどんどん、のめり込んでいった。
バイト中は、例え店に来ないと分かっていてもソワソワしていた。
二階の窓際の席を眺めては彼の顔を思い出し、彼が店に来ると分かっている日は念入りに髪の毛のセットや歯磨きをする。
四六時中彼の事を考えているし、今の心の拠り所は彼だ。
彼がいない生活なんて全く考えられない。
例え彼に取って自分が、一番で無くとも。
「マル、俺を幸せにしたいって思ってくれてるのはすごく嬉しいよ。でも、マルが何と言おうと彼氏と別れるつもりは無いから」
「なんでそこまで執着してんの?将来禿げそうな頭してる奴に!」
「はっ?マル、顔も知ってんの?」
「ご主人様の所に来る前にこっそり見てきた。そいつ、絶賛デート中だったけどね」
「えっ」
「ついでに言っちゃうけど、『ほてる』に入ってくの見たから」
七緒は先程のマルのように、弾丸の如く頭だけを布団の中に潜り込ませる。
「今日は違う男と『でぃなー』に行くって言ってたよ。昨日電話で話してたあいつの声聴きとった。凄く楽しみにしてるみたいだったよ」
という事はさっき俺に滅多にしない返信をしてくれた時、彼は誰かと一緒にいたのか?
気分が良いから、あんな長文で返してきてくれたのか?
違う違う。そんな訳無い。
布団の上から耳を塞いだ。
「ねぇご主人様。そんなにそいつに執着してて自分でもおかしいって思わない?」
「おっ、思わないよ!」
執着では無い。好きだからこそ全て許しているのだ。
顔を上げた七緒に、マルはやれやれといった様子でベッドから降り、七緒と同じ目線になった。
「ご主人様、俺が犬の姿だった時、俺に何でも話してくれてたよね。その日にあった悲しかった事とか寂しかった事」
「う、うん」
「それさ、たまにだったら許せたけど、毎回やられててスゲーうざかった」
「はっ?!」
「グチグチネチネチ、ずーーっと文句言ってんだもん。本当はあいつと遊びたいんだ、でも母親がねとか、今日僕に話しかけてくれた子、大丈夫だったかな?面白くないヤツって思われたかな?とか。内心、『自分で考えろよボケが!』って思ってた」
「そ、そんな、酷い……マル、顔舐めたりして慰めてくれてたじゃないか」
「あぁそれ、早く終わりにしろって合図だから。ご主人様の唇舐めてれば話するのやめるかなって思って」
酷い、ともう一度文句を言おうとした時、口の端から紅い舌先をのぞかせマルと目が合い、思わずドキッとしてしまう。
思いのほかマルの顔がすぐそばにあった。
そうか。今は人間の姿をしているけど、かつてはこの犬…男に、唇を舐められたりしていたんだ。
そう認識するとなんだか変な気分になってきて、徐々に心拍数が上がっていった。
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