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第17話

気持ちが落ち着かない状態で、歩きでカフェへ向かっていた。 スマホのメッセージアプリを開いて、先程彼に送った文面を何度も読み返してみる。 彼からの返信がパッタリと無くなってしまった。 既読はついている。 その為、なにか気に障るような事を言ってしまったかと不安になった。 やっぱり家にお邪魔させてもらいたいとこっちからお願いしたのは図々しかっただろうか。 返信が来ないのはたぶん、仕事が忙しいだけだとは思うけど、こんな些細な事でも七緒は頭が痛くなるほど考え込んでしまう。それは昔から直らない。人から嫌われる事を何よりも恐れているのだ。 「おはようございまー……」 浮かない気分のままカフェのドアを開けた七緒の目に飛び込んできたのは、店長と仲睦まじく話すマルの姿だった。 こちらに気付いた店長はにこりと笑う。 「あ、七緒くんおはよう。君のお友だち、面白い子だねぇ。七緒くんの小さい頃の話、いろいろと聞かせてもらっちゃったよ」 「ねー」 マルは店長と目を合わせながら首を傾ける。 七緒はツカツカと側に歩み寄った。 「何でここにいるんだよ」 「だって七緒くんに会いたくて」 七緒くん、といきなり呼ばれて吹き出しそうになったけど、さっき自分で呼び名を変えろと言ったのを思い出した。 店長は「はい、お待たせ」とマルの前にショコラケーキを置く。 「幼馴染みらしいね、五歳の頃からの。七緒くんの泣き虫エピソード聞かせてもらっちゃった」 「話すと店長が笑ってくれるから。っていうかチョコだ!嬉しい!犬だった時食えなかったからなぁ」 「はは、犬だった時?面白いこと言うねぇ」 「おい、ちょっとこっちへ来い」 フォークをケーキにぶっ刺そうとしていたマルの腕を引きずって店の隅に連れていく。 「あーケーキー」と唇を尖らせるマルに、七緒は口の端をひくひくさせて、待てをするときみたいにマルの顔を指差した。 「いいかマル。お前の犬種は何だ?」 「シェットランド・シープドッグです」 「だよな。シェルティーって、飼い主以外には慣れにくくて見知らぬ人には臆病になる性格なはずなんだ。なのに今のお前はなんだ?店長に馴れ馴れしく話して。家に来た宅急便のお兄さんにいつまでも馬鹿みたいに吠えていたお前と同一人物とは思えないぞ」 「あの野郎はいつも怖い顔してたから嫌いだったんだもん。でも店長は好き。すごーく笑ってくれるから」 にかーっと満面の笑みを浮かべるマルに、もう何も言葉が出てこない。 飼い主以外の人間とむやみに接触してはならないという約束を、いとも簡単に破っている。 こんな事なら、彼氏のもとへ行かれるのも時間の問題だろう。 違う意味での躾をしなくてはならないな、と七緒はマルを解放して、バックヤードに入った。 店のエプロンをして再度表に出たら、マルの姿はすでに無くなっていた。 「あ、七緒くん。さっきのお友だち、お金持ってないみたいだったから七緒くんが立て替えておいてね。コーヒーと合わせて880円」 「はは、は……」 先が思いやられるな、と落胆したのは言うまでも無い。

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