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第22話
七緒の苛立ちの原因は自分では無い、とマルは勘づいてた。
きっとこの男は、どうしたらいいのか分かっていないのだ。
昔から人にどう思われるのかを気にする七緒は、どこまで相手に本音を伝えたらいいのか分からない。
子供の頃から心からの声を包み隠さず聞かされてきたマルだけが、唯一心を開いている相手なのだと、七緒自信も全く気付いていないのだ。
「ご主人様の考える恋人同士ってそういうもんなの? どっちかが我慢して相手に合わせていれば、うまくやっていけると思ってるの?」
「当たり前だよ。お互い言いたい事言いまくってたら、関係なんてすぐに崩れる」
「多少の思いやりは必要だと思うけど、ご主人様はやり過ぎだよ。心のなか、嘘で誤魔化してばっかり」
「……なんだよ、誤魔化すって」
「ほら、怒った。指摘されて悔しいんでしょ。自分だってしてほしい、家まで送ってほしい、そうやって本音を伝えて相手が嫌がったら、もうそいつとは合わないんだって証拠だよ。あいつ、与えてもらってばっかりでご主人様に何にも与えてないじゃん」
「じゃあどうすればいいんだよ」
思わずマルに飛び付く。
反動で二人で床に倒れこみ、マルの顔の横に手をつく体勢になった。
「別れればいいよ。あんな奴より、ご主人様をちゃんと見てくれる人はいるよ」
「はは。それはマルって事?」
「そう。ご主人様、好きだよ。俺にすればいいじゃん」
曇り無い凛としたブラウンの瞳でじっと見てくるマルから、七緒は目が離せない。
「お前……本気で言ってる?こんな耳と尻尾が付いてて、人間なのか犬なのかよく分からない奴と、恋人同士になんてなれるわけ無いだろ」
「……分かんないじゃん、そんなの」
マルは伏し目になってムッと唇を尖らせる。
七緒の体の下で半回転して上半身を起き上がらせると、ニット帽を被って玄関に向かった。
「どこ行くんだよ」
「今日は別のところで寝る」
「はぁ?どこで」
「どこでもいいじゃん。一人になってよく考えなよ。幸せってなんなのか、自分に取ってどうするのが一番いいのか」
パタンと扉を閉められ、一人部屋に残された七緒はまたムカムカとしてもう一度クッションを投げる。
ベッドの中に潜り込み、無理矢理目を閉じながら考えたが、やっぱり自分が妥協していれば彼氏は優しくて楽しそうにしてくれるし、なにも問題はないのだと結局結論付けてしまうのであった。
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