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第23話

翌朝、目覚めた七緒は、しんとした部屋を見渡して胸が痛くなった。 マルに対し、人間なのか犬なのかよく分からないと言ってしまったことを悔やんだ。 心なしか元気をなくしていたような気もする。 マルは基本、明るく活発だけれど繊細な一面もあるから、ショックを受けて一晩中、どこかで泣いていたりして。 どこに行ったのか検討も付かないが、授業の空き時間に探しに行く事に決めた。 しかし大学へ向かう途中の道で、あっさりとマルを見つけてしまったから拍子抜けした。 マルは自身と同じようなニット帽を被る若い男と、公園のベンチで仲睦まじく談笑していた。 「おい、マル」 「あ、ご主人様」 マルの隣にいる男も視線をこちらに向けた。 ご主人様と言うなと言ったはずなのに、マルはすんなりと口にしてしまったからギョッとする。 マルの隣の男はそんな七緒を見て、人の好さそうな笑みを浮かべた。 「あ、マルくんのご主人様ですか?はじめまして、マルくんとは昔からの付き合いで」 「は?昔からの、と言いますと?」 「あぁ、リュウくんも見せてあげれば?」 クスクスと笑うマルに、リュウと呼ばれた男と七緒は手を引かれて、周りの住宅からは死角になっている樹木の下に連れていかれた。 周りをキョロキョロと見渡したリュウは、被っていたニット帽を引き抜く。 「え……耳?」 「うん、リュウくんはヨークシャーテリア。リュウくんも人間の姿になって、ご主人様の幸せ指数上げに来た一人なんだよ」 「あ、あぁ、そうなんだ」 リュウと言う名の男の頭には、光沢のあるゴールド色でシルクのように滑らかそうな毛並みの耳が付いていた。 てっきり人間の姿になってやってきたのはマルだけだと思い込んでいたが、動物の世界では意外とポピュラーなイベント事なのだなと関心した。 「はい。俺の務めはもう終わるんですけどね」 「えっ、ってことはもう帰っちゃうの?もう少し一緒に遊びたいのに」 「空でもまた遊べるだろう?ご主人様がようやく決意してくれたからね、自分の夢に向かって一歩踏み出すって事。今日の夜にでも帰るよ」 「えぇー、やだやだ!リュウくんのご主人様も優しくていい人なのにー」 駄々をこねるマルに、リュウはよしよしと頭を撫でていた。 気持ち良さそうに顔を蕩けさせるマルを見ると、なぜかムカムカとしてくる。 「マル、お前昨日の夜、もしかしてそこの家にお邪魔してたのか?」 「そうだよ。ご主人様が分からず屋だからね」 あかんべーをされて、七緒はひくひくと口の端を上げる。 自分の言葉に傷ついて一晩中泣いているんじゃないかと心配していたのに。損した。 「はっ。そんなにそこの家が良かったらそこで暮らせ。じゃあリュウくん、お空でもお元気で」 「あ、マルくんのご主人様もお元気で。早く幸せ指数を取り戻せるといいですね」 「ね。なんてったって5しか無いからねー」 ぶふふっと吹き出して笑いを押し殺すマルに冷たい視線を浴びせながら、七緒は公園を出た。 お前も早いとこお空に帰りやがれ、と本音ではない悪態をつきながら。

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