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第24話
「あ、とうとう降ってきた。七緒くん、急いで看板お願い」
「分かりました」
厚く覆っていた灰色の雲から、しとしとと雫が降ってきて、あっという間に土砂降りの雨になっていた。
この時期の天候は変化が激しい。
ドアを開けると、雑草の焦げるような何とも言えない不快な匂いが鼻についた。
立てかけてあった看板を急いで中に入れて、バックヤードから傘立てを持ってくる。もう一度格子窓から外を覗くと、隣に来た店長も空を見上げながらボヤいた。
「今日はもうお客さん来ないかもね」
「そうですねぇ、この雨じゃ……」
閉店するまでにまだまだ時間はあるが、一時間前に最後の客が帰って以来、店内にいるのは自分たち二人だけだった。
(さっきのリュウって人は、こんなどしゃ降りの中お空に帰るのかな……)
「もう少し様子を見て誰も入店が無いようだったら七緒くん、早めに上がっていいからね。あとこれ、余っちゃったやつ食べる?」
「え、ケーキ、貰ってもいいんですか?こんなに沢山」
「試作でたくさん作りすぎちゃって。苦手じゃなかったら」
白い箱に入っていたのはオレンジピールのパウンドケーキと、表面に金箔が施されたチョコレートムースのケーキだった。
頭には自然とマルの顔が思い浮かぶ。
両手にこれを持ってムシャムシャと被りつく姿が安易に想像が出来て、ふっと笑みが零れた。
冷蔵庫に箱を入れてもらい、二階へ上がってダストボックスなどの整理をしていたら、階段を登ってくる足音が聞こえてきたので、そちらに視線を向けた。
その人と目が合うと、勝手に顔が熱くなる。
「あ……」
「七緒くん、お疲れ様。あぁ、貸し切りだ」
スーツ姿の彼氏に声をかけられて、軽く頭を下げる。まさかこんな日に来てくれるなんて。
「悪いね、こんな時間に来ちゃって。ちょっと近くまで来たから、ここで仕事済ませちゃおうかと思って」
「あ、全然気にしないで!どうぞごゆっくり」
「ありがとう」
七緒の頭を撫でてから、彼はいつもの窓際の席につく。
ノートパソコンや資料らしき分厚い本に視線を落としながら、カフェオレの入ったカップを時おり口にする。
長い指、官能的な唇、湿気が酷いのに全く影響を受けていないビシッと決まった髪型。
七緒は彼の仕草に見惚れて、テーブルを拭く手をつい止めてしまう。
優しくて、穏やかな彼が好きだ、と改めて思う。
確かにマルの言う通り、彼は与えてもらってばかりで、自分には何かを与えようとする気は無いのかもしれない。
でもこうやって店に来てくれる。
自分をどうでもいいと思っていたら、わざわざ会いに来ないだろう。
じんわりと胸が暖かくなった。
あれ……俺いま、幸せ指数上がったんじゃないのか……?
帰ったらマルに確認を取らなければ。
真剣な表情で液晶画面を見つめる彼氏の邪魔をしないように、心の中で頑張れ、と呟いて、七緒は階段を降りた。
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