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第27話
大学、カフェ、今朝の公園、マルの知っていそうな場所に行ってはみるが、どこにもいなかった。
すっかり冷えた七緒の頬を、暖かい水滴が一筋流れる。
それは雨粒ではなく、瞳から出た涙だった。
まさかこんなに急に、いなくなるなんて。
たった数日しか一緒にいなかったけれど、確かに自分の隣にいた。
マルの顔が走馬灯のように頭を駆け巡る。
笑った顔、笑いを堪える顔、怒った顔、ふて腐れた顔。
自分の中でマルの存在はここまで大事で大きくなっていたのかと、ようやく気付いた。
もう一度カフェに行ってみたけど、さっき来た時と変わらず、店の明かりは全て落ちてシンと静まり返っていた。
ようやく雨も小降りになってきて、七緒は切らした息を整えながら仕方なく家に帰ることにした。アパートに近づき、自分の部屋から明かりが漏れている事に気付いてすぐにドアを開ける。
「あっ、ご主人様、おかえりなさい」
部屋の真ん中に座り込むマルが目に入った途端、安心したのと同時に怒りも沸いてきた。
瞬きを繰り返しながらツカツカと近づき、膝を折ってマルと同じ目線になる。
「お前……何処に行ってたんだよ!」
しかられた子供のようにシュンとした顔を見せるマルは「だって」と唇を尖らせる。
「あめ降って来たから、かふぇに傘を届けようと思ったんだ。あめが降った時って、ご主人様、よく父親の事迎えに行ってたでしょう?だけど、あめでご主人様のにおいが薄くなっちゃって、道に迷っちゃって」
見れば、確かに玄関にある七緒の私物の傘の下には大きな水溜まりが出来ていた。
そして奇妙な事に、マルの全身も濡れていて、手には水を吸って色が濃くなったニット帽が握られていた。
「マル、傘はさして行かなかったのか?」
「え?だってあれはご主人様の傘だし。俺はあめに濡れても平気だから。でも人間って、あめに濡れるとすごく寒くなるんだね。洋服も重たくなっちゃうし」
マルの唇は薄紫色になっていて、ブルブルと身体を震わせていた。
七緒はマルの手を引いて立ち上がらせる。
「風呂入るぞ、そんなんじゃ風邪引く」
「ご主人様、ごめんね。俺がちゃんと届けてあげれば、こんなに濡れることなかったのに」
マルは、ペッタリと顔に張り付いた七緒の前髪を掻き分ける。
その手を七緒は咄嗟に取って引き寄せ、喉の奥から掠れた声を出した。
「空に帰ったのかと、思って……」
「なんで?だってまだ俺の任務は終わってないよ」
「だって昼間……」
「昼間?」
「……いや、いい。とりあえずまずは風呂だ。洗ってやるから」
「本当?ありがとう」
熱いお湯をバスタブに溜めると、狭いユニットバスの中が白い湯気でいっぱいになった。
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